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2016年7月28日 (木)

問いからはじめる教育学

■ 書籍情報

問いからはじめる教育学   【問いからはじめる教育学】(#2552)

  勝野 正章, 庄井 良信
  価格: ¥1,944 (税込)
  有斐閣(2015/2/25)

 本書は、「人が成長・発達し、変化していく過程やその意味を個人に即して詳らかにしようとすることもあれば、その子の育ちを遊び仲間やクラスメートなどの集団の中に位置づけてみたり、さらに視野を広げて経済や政治との考えてみることもできる、とてもエキサイティングな学問」である「教育学」の入門書です。
 第1章「よい教育ってどんな教育?」では、「教育学では、暗黙のうちに疑うことなく身体化してしまっている自分の知識を問い直しながら再構築すること」を、「学びほぐし」(un-learning)と「学び直し」(re-learning)と呼ぶとして、「このプロセスを他社と共有することを通して、私たちの経験は深く省察」され、「教育的思慮深さ」が磨かれると述べています。
 そして、「教育という営みの原点には、人間の命のケアと育みがあり、そこに文化・教養へのいざないという景気が胚胎している」とした上で、「教育は、一人ひとりの命のケアと育みにかかわる営みであると同時に、ある文化を持った社会やコミュニティの存続や発展にかかわる営み」でもあると述べ、「ある社会・文化状況のなかで、そこにある姿とそこであるべき姿との『間』を問わざるをえないのが教育学」であることから「教育学には、いつも価値をめぐるポリティクスが埋め込まれて」いるとしています。
 第2章「教育を社会の視点から考えてみよう」では、「教育の社会的機能に注目した代表人物」として、フランスの社会学者デュルケームを挙げ、「デュルケームにとって教育とは、まず何よりも社会の必要に応えるものであり、将来、生活することが予定されている社会環境に子どもを順応させることを目的とするもの」だったとして、「このような教育の社会的機能を、一般に、社会化(socialization)」と呼ぶとしています。
 第3章「子どもという存在/人間という存在」では、「子ども時代という概念は、近代以降に創造された世代概念だという見方」もできるとして、「このような社会環境が生まれることによって、子ども時代に、子どもらしく生きるということに積極的な価値が見出され、その育ちの時期に相応しいケアと発達援助とは何か、という教育学的な問いが生まれるようになった」と述べています。
 そして、日常用語としての「育ち」について、
(1)成長(growth):内発的で生物学的な変化。連続的で量的な変化を意味する。
(2)発達(development):外発的で社会・文化に媒介された変化。非連続的で質的な変化を意味する。
の2点を包摂する言葉であると述べています。
 また、ヴィゴツキーの「発達の最近接領域(zone of proximal development:ZDP)」について、「人間の成熟した機能だけでなく、成熟しつつある機能に、つまり、すでに育っている部分だけでなく、いま、まさに育とうとしている部分にこそ着目すべき」だとしていると述べています。
 第4章「教え方は試行錯誤されてきた」では、コメニウスによる、「教師が教えたいことをしっかりともち、子どもが、楽しく、手応えを持って学べるような教育方法」につちえ、「合文化の原則」の最も基本的な様式だとする一方、「子どもの自然(本性)を理解し、そのかけがえのない人生に寄り添い、新たな文化の想像を希求する教育方法の原則」を「合自然の原則」というとしています。
 そして、「デューイが子どもの生活経験に根ざしたカリキュラムの構築を追求」し、クルプスカヤが「生活と教育の結合」という原則にたった「総合技術教育」を探求したのも、「社会に参入・参加しつつ成長する『生活者としての子ども』を教育することを大切にしようとしたから」だと述べています。
 第5章「教育を受ける権利」では、「教育を受ける権利は、人種、心情、性別、社会的身分、経済的地位、門地(家柄)、障がいなど、いかなる理由であっても差別されては」ならないとする「教育の機会均等の原則」について述べた上で、1994年にスペインで開催されたユネスコの「特別ニーズ教育世界会議」で採択された「サラマンカ宣言」について、「心身の障がいに限定するのではなく、社会、経済、文化、言語などの面でハンディキャップを負っている子どもたちが教育から排除されることを許さず、それぞれの特別な教育的ニーズに答えていくべきことが、インクルーシブ(包摂的)教育の実現という理念として」唱えられたとしています。
 第6章「子どもの学びを支える仕組み」では、「多くの国々ではかつて複線型学校体系となって」おり、「戦前の日本でも、旧制高等学校や大学まで進学する子どもだけが小学校から旧制中学校へ進学し、それ以外の子どもにとってはせいぜい高等小学校が最終学校というように、下級学校と上級学校の接続は部分的かつ閉鎖的なもの」である上、「性による差別もあり、女子には高等教育を受ける道が閉ざされて」いたと述べています。
 そして、「学校が評価により、保護者や地域住民に対して、教育活動について説明するだけでなく、保護者や地域住民が直接的に学校の運営や教育活動に参加する仕組みも整えられて」北として、「2000年度から保護者や地域住民が学校評議員となり、校長の求めに応じて学校運営に関する意見を述べることができるように」なった他、「2004年度からは、地域運営学校(コミュニティ・スクール)に指定された学校に保護者や地域住民から構成される学校運営協議会が置かれ、この学校運営協議会に学校運営の方針や教職員人事についての一定の権限が与えられて」いると述べています。
 第7章「子どもたちのための学校ってどんな学校?」では、「日本の学校は、戦後教育改革によって、道徳や価値観を一方的に教え込む教化(インドクトリネーション)ではなく、『人格の完成』」が目的とされたと述べてます。
 そして、「高校や大学など上級学校への進学率が短期間に上昇した」理由として、「学校が人材の社会的配分装置としての役割を果たしていたことと関係して」いるとして、学校の修了証書が、「その所有者が保持している能力の種類や程度を証明するもの」であるだけでなく、「所有者を様々な職業や社会的地位に振り分ける役割を果たして」いると述べています。
 第10章「どんなふうに子どもに接したらよいのか?」では、「1960年代の高度成長の時代になると、日本の多くの学校教育の現場は、激しい能力主義(メリトクラシー)が支配する競争社会へと変貌」し、「子どもの学びにおける他者との競争的環境がさらに助長され、自分という存在に自信をもって学べる子どもが、ますます少なくなって」いき、「学校の部活動や地域のスポーツ活動などでも、勝利至上主義による能力主義の風潮が強まり」、「急速な都市化が進むなかで、かつてはおおらかに見守り、支えあってきた家庭や地域の教育力も低下し続け」た結果、「学業成績の良い悪いにかかわらず、学校で何をやろうとしても自信がもてない子どもや、自尊感情を深く傷つけられ、著しい不安や緊張を強いられる子どもが急増」したと述べています。
 そして、「自己指導能力の形成」について、
・自己存在感を与えること
・共感的人間関係を育成すること
・自己決定の場を与え自己の可能性の開発を援助すること
などが例示され、「社会的自立の心棒となる『自己指導能力』は、社会参加の主人公(主権者)になるために必要ないくつかの要素によって構成されて」いるとして、「子どもが困ったり、不安になったりしたときに、自分には『心の浮き輪』や『帰るおひざ』(信頼できる他者)があると感じられること」である「安心と安全」の感覚を土台に、「自分が自分らしくあっても大丈夫だと実感できる自己感覚としての自己肯定感」が育ち、「自分の経験を振り返り、自分の言葉でじっくり考えられる『自己省察』の力や、自分の心と体に相談して決められる『自己決定』の力」が育つとしています。
 第12章「学校を卒業したら学ばなくてもよいのか?」では、「人間はどう学習しているのか、何をどう教えるのがよいかに関する体系的知識や科学」である「ペダゴジー」(pedagogy)について、「特に大人の学習に関する科学をアンドラゴジー(andragogy)」と呼ぶと述べています。
 本書は、誰もが必ず経験してきた「教育」を支えている学術的背景について知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 誰もが教育を受けていながら、その教育がどのような考えに基づいているのかは意外と知らいないものです。「◯◯教育法」みたいない突飛な思想やバズワードは耳にすることが多いですが、教育学を体系的に理解しておくことは、自分や家族の教育を考える上で重要なことです。


■ どんな人にオススメ?

・教育を受けたことがある人。


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