« 問いからはじめる教育学 | トップページ | 基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議 »

2016年7月29日 (金)

〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい

■ 書籍情報

〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい   【〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい】(#2553)

  工藤保則, 西川知亨, 山田 容 (編集)
  価格: ¥2,592 (税込)
  ミネルヴァ書房(2016/5/30)

 本書は、「必要なのは、子育て場面で顕在化する夫婦間の溝にオトコが『気づき』『行動』すること」だとして、「オトコの子育ては、『協力』にとどまらない子育てのあり方と、より伸びやかな夫婦のかたちを創出していくだろう」ことを意図して企画されたものです。
 序章「生活の一部としての〈オトコの育児〉」では、「父親になる(なっていく)<というのは社会学の言葉を使うと、『父親の社会化』である」として、「父親は父親の役割をはたすことによって父になっていく。父親の本当の出番は子どもが大きくなってからと考える人もいるようだが、社会化のエージェントの一員としての父親と考えるなら、小さな子供にとっても父親は重要な他者にほかならない。そして父親自身にとっても子どもは重要な他者である」と述べています。
 そして、本書で採用する視点として、
(1)子どもとの遊びを中心としたイイトコどりの「オトコの育児」ではなく、「子どもの世話」や「家事」も含めた「生活」の一部としての「オトコの育児」をとらえる、という視点
(2)父親の方も子どもとの生活を通して社会化がされていく、つまり父親になっていく、という視点
の2点を挙げています。
 第1章「近代家族とライフコース」では「最大公約数として語られる近代家族の特質」として、
(1)家内領域と公共領域の分離
(2)愛情で結ばれた家族関係
(3)子ども中心主義
(4)性別役割分業
の4点を挙げています。
 第2章「社会規範と社会化」では、「しつけ」の基本について、
(1)早寝早起きや歯磨き、排便などの習慣、見知らぬ人にも挨拶をする習慣などの「しつけ」は、子ども自身が、その所属集団と文化のなかで健康かつ安全に暮らすために行うという点。
(2)他者に迷惑をかけたり不快な思いをさせたりしないということ。
の2点を挙げ、以上の2つの基本を踏まえるならば、父親と母親のうちどちらが『しつけ』を担うかということは問題ではなくなる」と述べています。
 そして、「母親同様、子育てによって父親が人間的に成長する」として、「育児や『しつけ』は、自分の価値観の表出であり、それを子どもとともに考え直すことで、自分も成長する」のであり、「子育ては、父親の人間としての発達支援という大きな意味を持っている」と述べています。
 第3章「性別役割分業とケア労働」では、男性の育児について、「同性からの評価を犠牲にしつつ、異性(配偶者)からの感謝に支えられながら、育児の喜びを享受するのである。それは、異性からの支援があるという点で『オンナの育児』のように『孤独』なものとなることは少ないが、同性から見放される可能性が高いという点で、『オンナの育児』とは異なる、『オトコの育児』特有の困難も抱えている」と述べています。
 第4章「夫婦のコミュニケーションとレスパイト」では、「離婚の多くが平均的な第1子の誕生期から育児に手間のかかる乳幼児期に重なること」について、「愛情低下だけでなく、裁判所に審判や調停を求める離婚申立も女性からの方が多いこと、結婚の満足度もまた妻のほうが低いことから、この時期のストレスは妻(母親)の側により強いことがわかる」と述べています。
 そして、「夫婦関係は、同じものはなにひとつといっていいほどなかったふたりが還元できない『私たち』になっていく過程であり、『さわれないもの』『わからないもの』の存在は関係を深めるものにも、遠くするものにもなるのだろう」と述べています。
 第5章「あそびと身体」では、「父親にとってみても、子どもと遊ぶ時間を設けることで『父親』としての自我が形成されると同時に、子どもという他者の態度を取得することで、子どもの目線に立って振る舞いができるようになる。世間を代表する確固とした理想的な父親がいて、子どもをしつけるのではなく、父親も子どもとの相互作用のなかで形成されていくのであり、そこには緩やかな関係性というか間のようなものがあるように思う」と述べています。
 第6章「メディアと文化資本」では、幼児の一日の生活時間について、「じつに自由時間の半分近くを幼児はテレビに費やしている」とともに、「おとなにとってのビデオ鑑賞が、好きな人だけが鑑賞する趣味である一方で、幼児にとってのそれが、好き嫌いに関係なく接触する日常の経験になっている」と指摘しています。
 そして、「アニメや特撮のキャラクターは、幼い子どもたちの想像力を形づくり、媒介する上で、ひときわ『重要な他者』であるといえよう」として、「子どもたちの生活世界は、映像メディアを中心としたテレビ的な想像力に、すっぽりとおおわれている」と述べています。
 また、「文化資本の概念で重要なのは、それが『相続』という比喩で捉えられている」として、「経済資本が親から子へと相続されるように、文化資本もまた、親の持つ資本が子へ継承されやすい」と述べています。
 第10章「少子化と育児不安」では、育児メディアの変遷と再生産戦略の変化について、
(1)垂直的育児知識の伝達から読者参加型の水平的知識の共有へ
(2)母親向け育児メディアから父親向け教育メディアへ
(3)育児に協力する父親像から積極的に育児に関与する「父親の主体化」へ
の3点を挙げています。
 第12章「子育て支援とネットワーク」では、「社会は子育てを家庭に委ね、父親は母親に任せるが、母親は最後の砦とされてしまい逃げることができない現実が生まれている。これに対し、自立した女性像や男女共同参画の理念を教育されてきた世代の女性が、結婚後に直面する負担を他律的に強いられる状況に疑問を持つのは当然であるが、かといって母親が自律的に振る舞うことは容易ではない。そこには現実的制約に加えて、規範の存在があると考えられる」と述べています。
 そして、「児童虐待対応の現場から感じることは、私的な関係のネットワークが弱い家族のもろさであり、いかなる家族も子育てには多くの支援が必要であるという現実である。同時に支援がもたらす家族への負荷も感じ取れることがある」と述べています。
 終章「〈オトコの育児〉のゆくえ」では、「〈オトコの育児〉の問題を改善していくためには、家族や親族関係以外にも、さまざまな社会資源が重要となる」が、「社会資源は一般的に不足気味であるし、人や家族によってこれらの資源にアクセスできる程度には差がある。社会資源へアクセスできる人とできない人の格差の存在を改善していくことは必須であるし、育児支援の様々な選択肢を共有し、社会のなかで組織化していくこともまた重要である」と述べています。
 本書は、〈オトコの育児〉を切り口として、育児と家族を取り巻く問題を読み解いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、よくある企画先行の寄せ集め的な側面もあるのですが、こういう問題は一人の著者からまるまる一冊ご高説を賜るよりも、多くの著者が自分の体験と思想を持ち寄ってああだこうだ言っている方が読んでいて楽しいです。


■ どんな人にオススメ?

・オトコの育児を模索している人。


« 問いからはじめる教育学 | トップページ | 基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議 »

キャリアデザイン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244312/66435363

この記事へのトラックバック一覧です: 〈オトコの育児〉の社会学:家族をめぐる喜びととまどい:

« 問いからはじめる教育学 | トップページ | 基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議 »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ