« 法と社会科学をつなぐ | トップページ | 私たちはどのように働かされるのか »

2016年7月26日 (火)

進化する遺伝子概念

■ 書籍情報

進化する遺伝子概念   【進化する遺伝子概念】(#2550)

  ジャン・ドゥーシュ (著), 佐藤 直樹 (翻訳)
  価格: ¥4,104 (税込)
  みすず書房(2015/9/26)

 本書は、「遺伝子概念の歴史」をテーマとしたもので、「遺伝情報とは何か」について、著者は「メッセージと情報とを区別」し、「メッセージとは、シグナルの集まりと定義されている。つまり一つひとつの文字をシグナルとすれば、それが並んでできた文章がメッセージである。そして情報とは、その文章の意味だ」と述べています。
 第1章「遺伝子概念以前」では、「近代的な意味での繁殖という概念を導入」したビュフォンについて、「動物にも植物にも共通の性質で、自分とよく似た子孫を生み出す能力」としていると述べています。
 そして、「遺伝的」という言葉を、「今日われわれが生物学的」と呼ぶ性質に関して体系的に使ったのは、「モーペルチュイが最初ではないかと私は思っている」と述べ、「彼によって、生物発生から遺伝への第一歩が踏み出されたのである」と述べています。
 また、「19世紀末には、2種類の考え方が併存していた」として、「メンデルにとって、将来人々が遺伝子と呼ぶことになるものは記号symboleでしかないものの、たしかに配偶子の中にある因子facteurを表していると見なされた。ヴァイスマンにとって、遺伝子は染色体に存在する仮想的な粒子particuleであった。この2つの考え方は、2つの異なるアプローチを反映していた」と述べています。
 第2章「遺伝子概念の誕生」では、「それ以前の研究者たちとは異なり、メンデルは、世代から世代へと伝播されるものが形質とは異なる別のものであることを示し、それを因子と呼んだ」として、「この区別がメンデルの最も重要な貢献であり、のちにメンデルの法則と呼ばれることになる分離比よりも重要なのである」と述べた上で、「メンデルの方法とはいかなるもので、それまでの研究者や同時代の研究者の方法とはどのように異なっていた」のかについて、
(1)幾つかの基準を決めてそれにもとづいて実験をしていること。
(2)研究する形質について、「確実で明白な特徴を示さない形質は、違いを判定するのが『多少とも』難しいため」、採用しなかった。
(3)徹底的に定量的で、その研究は大数の法則に則っていた。
(4)最初の交雑結果から、子孫の遺伝的性質(今日の言葉では遺伝子型)についての解釈を得て、その仮説を検証するための新たな実験を行ったこと。
(5)解釈の能力。彼の因子を、花粉や卵細胞といった生殖細胞にあるものとしたが、あらゆる生物は細胞からできているという細胞説は、当時はまだ新しかった。
の5点を挙げています。
 第3章「染色体上の遺伝子」では、「ブリッジズが現在でも使われている命名法を考案したことで、それによりそれぞれの染色体の各部位のバンドを同定し索引をつけることができるようになった」と述べています。
 第4章「分子レベルの遺伝子」では、「分子レベルの遺伝子概念、つまりコード領域DNAという考え方は、それが極めて単純であるという点で、大いに価値がある」が、「生物学においては何事も単純ではなく、この概念は最初から例外や疑問に直面していた」として、「1960年代に遺伝子の分子的概念ができたときから、その輪郭はファジーだったのである」と述べています。
 そして、「タンパク質合成のしくみの構築と解明において最終的に重要となった」のは、「DNA自体と、ヌクレオチド配列からタンパク質への翻訳という事象との間には、介在するものがある」とする「メッセンジャー仮説」だとして、「これにより、フランシス・クリックは分子生物学のセントラル・ドグマを提唱した。遺伝情報の伝達は一方向に行われる。つまりDNAからタンパク質に向かい、タンパク質からDNAへと『遡る』ことはない」と述べています。
 また、1961年にジャコブとモノーが「オペロンモデル」を提出したことについて、「ジャコブとモノーは変異体を解析すること」によって、
(1)構造遺伝子:タンパク質の合成をするための情報を担っているもの
(2)制御遺伝子:構造遺伝子の発言を調節するための情報を担っているもの
という、「機能的に重要な2種類のDNA配列を区別した」として、「遺伝子の発現制御が、それ自体遺伝学的に決定されていることを証明した」と述べ、「オペロンによって、ジャコブとモノーは遺伝学にプログラムという概念を持ち込んだ。この概念は発生遺伝学において大いに利用されることになる。遺伝的プログラムという概念も、それに先立つ遺伝情報という概念も、それらが生まれた時代と関係していることは明らか」だとして、「第二次世界大戦後、サイバネティクスや情報理論が生まれた時代である」と述べています。
 さらに、「最近の30年間を通じて、理論的にもまた技術的にも、生物学のあらゆる分野に分子レベルのアプローチが入りこんだ」として、「分子的なアプローチはきわめて実り多く、数多くの発見をもたらした」一方で、「これまで手工業的だった生物学が、一大産業的なものに変わり、農業・栄養産業や生物医学産業において、バイオテクノロジーが発展した。生物学の基礎的研究は、1930年代の物理学のように、しだいにビッグサイエンス的構造をとり始めた」と述べています。
 第5章「分子レベルの遺伝子概念の今日的危機」では、ヒトゲノムの基準配列を調べると、DNAのうちたった5パーセントだけがコード領域、つまり、遺伝暗号に従ってタンパク質に翻訳されうる領域である。非コード領域の一部はトランスポゾンによって占められているにしても、かなりの部分は遺伝子発現の制御領域である。これらは、1960年代にジャコブとモノーが大腸菌のラクトースオペロンについて明らかにしたオペレーターやプロモーターといった制御遺伝子と同じタイプのシスに働く配列ではあるが、ずっとスケールの大きなものであった」と述べています。
 第6章「あらためて遺伝子と遺伝情報を考える」では、「1960年代に教育を受けた遺伝学者」が、学生たちに伝えてきた「DNAは遺伝の担い手」という表現を、現在では、「批判的な目で見直すときにきている」と述べ、「20世紀中頃から、遺伝子は分子レベルで考えなければならなくなった。この考え方において、遺伝子はコードするDNA、つまり、転写され、遺伝暗号に従ってタンパク質に翻訳されるDNAでなければならなくなった」として、さらに、「遺伝暗号がデジタルコードだということ」について、「DNAに書かれたシグナルには、デジタル的なものばかりでなく、アナログ的なものもあることはすぐに説明した。これらのシグナルはDNAに書き込まれているが、翻訳されない。その場合、重要なことはDNA分子が取りうる形(一過的な形かも知れないが)である。こうしたシグナルは、構造的・幾何学的なもの、つまりアナログ的なものである」と述べています。
 そして、「siRNAによる制御が発見されると、アナログ的、すなわち幾何学的なシグナルが一層重要になった」とした上で、「さらに別の種類のものとして、現代的な意味でのエピジェネティックなシグナルの伝達が存在することにも疑いがない」と述べ、「以上のような理由を考えると、DNAのコード領域だけに限定された遺伝子の分子レベルでの定義は、選択的スプライシングや複数転写開始点などを考慮して範囲を広げたとしても、すでに古臭いものになっている。転写され、タンパク質へと翻訳されるDNA領域が数多くある以上、遺伝子の分子レベルの定義自体が誤りなのではなく、不十分なのである。すなわち、もともと古典遺伝学で遺伝子という言葉に期待されていた構造的・機能的な性質を満たすものではないからである」と述べています。
 また、「情報とメッセージとを区別した上で、生物の形態とは別に遺伝情報があるという考え方を保持することは大切である。情報は細胞が読んで解釈したメッセージであるが、多細胞生物の場合には発生過程にある生物全体がメッセージの解釈をする」として、「遺伝子とは、記号的かつ/またはアナログ的なタイプのメッセージで、クロマチンの核酸やタンパク質に書き込まれており、細胞から細胞へ、また、世代から世代へと伝達され、細胞や個体のもつ性質に基いて解釈されることにより、生物の形をつくり出すことを可能にする情報となるものである」と述べています。
 本書は、遺伝子をめぐって重ねられてきた数々の議論をおさらいした一冊です。


■ 個人的な視点から

 「遺伝」や「遺伝子」については、多くの人が中学や高校の生物の時間に「メンデルの法則」や「DNAの二重らせん構造」などを勉強してきたわけですが、じゃあ遺伝の仕組みはどうなっているのか、をきっちりと理解しようとするとまだまだわかっていないことが多いということがわかります。


■ どんな人にオススメ?

・遺伝とは何かを知りたい人。


« 法と社会科学をつなぐ | トップページ | 私たちはどのように働かされるのか »

その他科学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244312/66435291

この記事へのトラックバック一覧です: 進化する遺伝子概念:

« 法と社会科学をつなぐ | トップページ | 私たちはどのように働かされるのか »

2016年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ