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2016年7月25日 (月)

法と社会科学をつなぐ

■ 書籍情報

法と社会科学をつなぐ   【法と社会科学をつなぐ】(#2549)

  飯田 高
  価格: ¥2,268 (税込)
  有斐閣(2016/2/18)

 本書は、「社会科学(経済学、社会学、心理学など)における概念を題材として、社会科学と法の世界との接点を探っていく」ことを目的としたものです。
 第1章「個人の意思決定」では、「最適な意思決定を行うためには、総量や平均値ではなく『追加される微小量』に着目し、その際に生ずる追加的な便益(限界便益)と追加的な費用(限界費用)とが等しくなる点を探せばよい」と「限界効果(marginal effect)」について解説し、限界効果の考え方は、
(1)私たちの目を将来に向けさせること
(2)意思決定状況の多様性を私たちに認識させること
によって、「素朴な直感的判断や思い込みを多少なりとも修正してくれる」と述べています。
 そして、「誰かの満足度を犠牲にしない限り、できるだけ人々の満足度を高くする状態のほうが望ましい」とする「パレート効率性(Pareto efficiency)」の基準及び「ある状態から別の状態への移行によって利益を得る人が、移行によって損失を受ける人に補償する」という架空の補償によって「保証してもなお利益が余る場合は、その移行は望ましい」とする「カルドア=ヒックス効率性(Kaldor-Hicks efficiency)」について解説した上で、「法制度は、さまざまな望ましさの基準を持ち出すさまざまな人々の利益によって突き動かされてきた、と言える。効率性はその一つにすぎないが、交換が人間社会の原動力になっているのと並んで、効率性が法制度の推進力となっている」と述べています。
 第2章「複数の個人の意思決定」では、「複数の主体の意思決定が組み合わさって結果が生じる場面では、意思決定が相互依存の関係になっていることが多い」として、「自分にとって最良の意思決定は他者の意思決定に左右され、また、他者にとって最良の意思決定も自分の意思決定に左右される」という状況を「戦略的相互作用(strategic interaction)」が起きている状況だと述べています。
 そして、ルールは当事者間に「共有知識(common knowledge)」を形成する役割を果たし、「戦略的相互依存状況における推論の連鎖に歯止めをかけ、特定の均衡に落ち着かせることになる」として、ルールが、
(1)複数の均衡の中から特定の均衡を導くこともあれば(交通ルールの例)、
(2)均衡が存在しない状況で均衡をつくり出すこともある(野球ルールの例)、
(3)ある均衡から別の均衡へと移行させることもありうる、
と述べています。
 また、多人数バージョンの囚人のジレンマについて、「社会的ジレンマ(social dilenma)または集合行為(collective action)の問題」と呼ぶとした上で、「法制度は、いくつかの方法を使い分けながら社会的ジレンマが起こりうる状況に対処している」として、
(1)他者を益する協力行動を人々が取らざるを得なくなるような、あるいは、自然に協力行動に導かれるような物理的条件をつくり出す。
(2)選択的誘因(すなわちインセンティブ)を与えて協力行動を選択するよう仕向ける。
(3)社会的に有益な行動をより控えめに支援する方法(自由な言論の保証など)。
の3点を挙げています。
 さらに、「客観的には同一の状況であっても、人によって認知の仕方は異なりうる」として、「全く同じ場面を、条件付きの協力をするプレーヤーはスタグハントゲーム、純粋な経済人プレーヤーは囚人のジレンマとして見ているかもしれない」と述べています。
 著者は、「法をはじめとする社会的ルールには幾つかの異なる機能がある」として、
(1)人々に対してインセンティブを付与し、望ましくない均衡から望ましい均衡へと移行させるという機能。
(2)プレーヤー間の信頼ないし相互期待を醸成したり維持したりするという機能。
(3)複数のありうる候補があるときに、とにかくどれか特定にものに決めて均衡を導くという機能。
の3点を挙げています。
 第3章「意思決定から社会現象へ」では、「ある経済主体の活動が、市場での取引を経由することなく(すなわち、当事者間の合意によることなく)他の経済主体の意思決定や効用に影響をあたえること」である「外部性(externality)またはスピルオーバー効果(spillover effect)」というと述べてます。
 そして、「個人の意思決定や行動が『自分を取り巻く他者』に影響されるという事実には、少なくとも2つの重要な含意がある」として、
(1)個人の意思決定や行動は人々のつながり――社会ネットワークの構造――に強く依存しうる、ということ。
(2)個人レベルでの微小な変化が、社会レベルでの大きな変動を生み出す可能性がある、ということ。
の2点を挙げています。
 第4章「ルールを求める心」では、「社会秩序の形成・維持のメカニズム(法を含む)は、複雑かつ多種多様である。そのメカニズムの全体像を理解するためには、少なくとも3つの側面での検討が必要」だとして、
(1)タイムスパンの長い「進化」の側面:社会規範は、利他性・ご修正・公平性への欲求、あるいは規範に逸脱した人を処罰したいという感情を基礎としていることがあり、人間は社会規範を形作るための材料を生得的に持っていると考えられる。
(2)「文化」や「制度」の側面:生得的に持っている材料が同一であっても、具体的にどういう形を取るかは違ってくる。
(3)個人の「認知」ないし「解釈」の側面:ルールは多かれ少なかれ抽象的な表現形態を取る。抽象レベルでの社会規範が同一であったとしても、場面の認知や解釈が違えば、具体てレベルでの規範は変わってくる。
の3点を挙げています。
 そして、「道徳を構成しているのは互酬性だけではなく、単一の原理が道徳が説明し尽くせるわけではない」として、心理学者のジョナサン・ハイトらが提唱している「道徳基盤理論(moral foundations theory)」について、「さまざまな文化圏における道徳的ルール群から、普遍性をもつと言える認知的要素を特定する」という作業の結果、候補として、
(1)〈ケア/危害〉基盤:他者の苦痛を忌避する傾向。
(2)〈公正/欺瞞〉基盤:互酬性(特に正の互酬性)にほぼ相当する。
(3)〈忠誠/背信〉基盤:自分が所属する集団を尊重し、グループのためになる行為を求める傾向。
(4)〈権威/転覆〉基盤:地位・権力や上下関係を重視する傾向。
(5)〈神聖/堕落〉基盤:肉体的・精神的な純血を好み、「汚れ」や「穢れ」を嫌う傾向。
(6)〈自由/抑圧〉基盤:自律的な意思決定を好み、支配されるのを嫌がる傾向。
の6点を挙げ、「ハイトは、これらの道徳基盤を『味覚受容器』にたとえている」と述べています。
 また、「社会的ルールのうち、少なからぬ部分は人間の生得的な認知構造や感情と関係しているといわれる」が、「こうした性質が進化のプロセスを生き残るためには、ある特別な条件が必要である」として、「協力行動を取る傾向のある個体は、協力行動を取りやすい別の個体と交流している限り、多くの利得が得られるので反映することができる」が、「裏切り行動を取る個体が交流に加わってくると、協力行動を取る個体は相手に付け入る隙を与えることになるため、相対的に不利な立場に追いやられる」と述べています。
 さらに、「文明が発達した後の社会的ルールの基礎」にもなっている「心理的傾向がどこかの段階で発生」したとして、
(1)他の人がある行動をとっているから、それに従うのが適切だとする「同調」の傾向
(2)自分が扱われたように他者を扱うという「互酬」の傾向
(3)「処罰」を下したいと思う傾向。ことに第三者の視点から処罰を行う傾向
の3点を挙げています。
 第5章「人間=社会的動物の心理」では、「私たちは、およそ合理的とは言えない意思決定をしばしば行う」が、「興味深い点は、大半の人達に共通する誤り方の傾向――系統的(システマティック)なエラー――がある」として、「こうした認知や判断の偏りのパターン」である「認知バイアス(cognitive bias)」について、主なものとして、
(1)結果バイアス:過去の意思決定の質やプロセスに関する評価が、実際に生じた結果によって左右されてしまう、というバイアス。
(2)確証バイアス:自らの信念や仮説に沿った証拠だけを拾ったり、都合の良い形で情報や状況を解釈したりする、というバイアス。
(3)現状維持バイアス:現在の状態を基準線として設定し、そこからの変化を損失とみなす、というバイアス。
(4)アンカリング:特定の情報や数値(特に、初めに与えられた情報や数値)に過度に気を取られ、そちらに引きずられてしまう傾向。
の4点を挙げています。
 本書は、数ある社会科学の一つとしての「法」と他の分野との関係性を明らかにしようとした一冊です。


■ 個人的な視点から

 こうやって他の社会科学と並べてみると、「法学」という分野は理念や政策を実現するためのツールであって、経済学や社会学と並列にするようなものではないのではないかと思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・法律が依って立つ考え方を理解したい人。


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