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2016年7月31日 (日)

砂糖の歴史

■ 書籍情報

砂糖の歴史   【砂糖の歴史】(#2555)

  アンドルー・F. スミス (著), 手嶋 由美子 (翻訳)
  価格: ¥2,160 (税込)
  原書房(2016/1/22)

 本書は、「砂糖の起源から、大航海時代後の新世界での大規模な製糖、砂糖を取り巻く今日の状況に至るまで、ダイナミックな砂糖の歴史」をたどったものです。
 序章「サトウキビ」では、「人間の舌の上面には1万もの味蕾[味覚を感じる器官]があり、そのすべてに甘味を感じ取る特別な働きがある」として、「甘いモノを食べると、味蕾は神経伝達物質を出し、それが脳内の快楽中枢を刺激する。それに反応した脳が内在性カンナビノイド[脳内に存在するマリファナ類似物質]をつくりだし、食欲が増す」と述べています。
 そして、「蔗糖はほとんどの植物に含まれるが、それを最も濃縮された形で含んでいるのが、丈が高くて竹によく似た、イネ科のサトウキビ(学名 Sccharum)である」と述べています。
 第1章「砂糖の起源」では、「サトウキビから甘い汁を絞り出し、砂糖の結晶へと変えるプロセスは複雑」であり、「約2500年前の東インドで始まった」と考えられていると述べ、「精製糖の利点を数え上げればきりがない。粒状、あるいは粉状にする他、結晶化させたり、溶かしたり、糸状にしたり、引き伸ばしたり、煮詰めたり、成形したりと、さまざまに加工できる」としています。
 そして、「砂糖の栽培や加工・調理の方法が飛躍的な進歩を遂げたのは中東だった」が、「11世紀末に始まる十字軍遠征によって、ヨーロッパの人々はイスラム教徒からクレタ島やシチリア島などの地中海沿岸の土地を奪還すると同時に、サトウキビの栽培法や製糖法を吸収していった」と述べています。
 第2章「新世界の砂糖づくり」では、「ポルトガルのサトウキビ栽培者は、きわめて重大な技術改良をいくつも考案し、広めたとされている」として、「ローラーあるいはシリンダーを縦に3つ重ね、その間でサトウキビを粉砕する新しい構造の圧搾機を取り入れた」他、「サトウキビの汁を過飽和状態[溶液中に限界量以上の物質が溶けている状態]まで煮詰める大釜」を複数備えたシステムをつくり出したと述べています。
 そして、「ヨーロッパの人々は砂糖の栽培と加工、そして製糖の仕事を切り離した」理由として、
(1)多額の資本を要する、最終的な精製をする現地工場を、植民地の栽培地域に作る必要がなくなった。
(2)熱帯地域から船で砂糖を運ぶのには時間を要し、母国へ帰る途中で傷まないようにするのは難しかった。
(3)ヨーロッパの年で製糖の仕上げをすることによって、精製業者は植民地のみならず、母国にも利益をもたらすことができた。
の3点を挙げています。
 また、「十分な奴隷労働の供給、輸入される砂糖に関税を課す合衆国政府の政策に支えられ、1820年台にはアメリカのサトウキビ栽培は脅威的に発展した」と述べています。
 さらに、「19世紀後半の真空釜、遠心分離器、蒸気動力を使った製糖所などの技術の発展によって多少は改善されたものの、政党には依然として多くの労働者が必要だった。奴隷解放後、自由になった奴隷たちは砂糖プランテーションで働くことを嫌がったため、労働力の需要を満たすために、政党業者はインドや中国から契約労働者を調達するようになる。何十万もの契約労働者が砂糖栽培地域に押し寄せ、その多くは契約期間満了後もそこに留まった」と述べています。
 著者は、「コロンブスが初めてカリブ海に航海した1492年から4世紀のあいだに、製糖業は大きく変化した。生産の中心は地中海や大西洋の島々から南北アメリカへと移り、プランテーションの労働力の基盤は奴隷から契約労働者へと変化した。おもに人の手によって行われていたサトウキビの収穫や粉砕、加工は、機械や科学が生み出した最新の技術を使った工業システムへと変わり、生産の舞台は小規模なプランテーションや製糖所から、多国籍企業を中心とした製糖工場へと移った。こうした進歩のすべてが、世界中で砂糖価格の急落と消費の急増を引き起こすことになったのである」と述べています。
 第4章「砂糖の用途」では、「精製糖を使って富や権力を見せつける方法はエジプトの裕福な家庭で頂点に達した」とした上で、「砂糖は贅沢の象徴、そして富の証で在り続けた。フランス国王でポーランドの王でもあったアンリ3世がベネチアを1574年に訪れた際、王に敬意を評して催された宴会の主役は砂糖だった。ナプキン、テーブルクロス、皿、そしてナイフやフォークなどのカトラリー――テーブルの上のあらゆるもの――が砂糖でつくられた」と述べています。
 第5章「菓子とキャンディ」では、「中世には、食後の消化剤としても砂糖が使われた。食事が終わって料理がすべて下げられると、砂糖で甘味をつけ、スパイスを加えたワインが果物と一緒に出された。これはデザート(『テーブルを片付ける』という意味のフランス語 desserviに由来する)と呼ばれるようになった」と述べています。
 そして、「お菓子やキャンディの多くは祭日、特にクリスマスやハヌカー[ユダヤ教のお祭り]、イースター、ハロウィーン、バレンタインデーなどと結びついている」理由として、「砂糖がまだ珍しくて高価だった時代、低所得者層がお菓子を食べられるのは、こうした特別な日に限られていたためだろう」と述べています。
 第6章「砂糖天国アメリカ」では、「イギリスのビスケットのレシピは、イギリス人入植者とともにアメリカに伝わったが、アメリカにはオランダ人が入植した地域もあり、小さなケーキを意味するオランダ語の「クオキエ」が、甘いビスケットを指す『クッキー』という言葉になった」と述べています。
 そして、「フィラデルフィアにある、政府機関や大企業が出資する独立非営利研究施設のモネル化学感覚研究所」では、「大人に比べて子供たちは特に甘い食品を好むという結論」を出し、「その後この施設で行われた実験から、甘みへの嗜好は子どもの生態の基本要素であることがわかり、子供向けの食べ物や飲みものに加える砂糖の至福ポイントが正確につかめるようになった」として、「これらの研究により、食品会社は売上を伸ばすために製品に加えるべき砂糖の量を把握できるようになった」と述べています。
 第7章「砂糖がもたらしたもの」では、「砂糖の摂取による健康への影響についての懸念は、過去4世紀にわたって取り沙汰されてきた」として、「最初おもに心配されたのは、佐藤の摂取と虫歯との関係」であり、「医療従事者も砂糖の摂取について、特に低血糖症(血液中の糖のレベルが低いこと)に対する影響を懸念していた」と述べています。
 第8章「砂糖の未来」では、「反砂糖の動きにもかかわらず、蔗糖はいまでも世界でもっとも重要な食べ物の一つである」として、「世界で摂取される総カロリーの約8パーセントは砂糖に由来すると推定されている」とした上で、「砂糖はこれからも人間にとって大切な食材であり続けるだろう」として、「節度を守りさえすれば、甘い食物と飲物は、今後もずっと私たちの生活に欠かせない大切な存在であり続けるであろう」と述べています。
 本書は、いまでは当たり前になった砂糖をめぐる歴史を辿ったものです。


■ 個人的な視点から

 古来人類にとって贅沢の象徴で在り続けた砂糖ですが、価格が暴落した現在となっては貧しい人たちを肥え太らせるジャンクフードと化してしまったことが残念でなりません。


■ どんな人にオススメ?

・砂糖が好きな人。


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