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2016年8月

2016年8月 3日 (水)

カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち

■ 書籍情報

カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち   【カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち】(#2558)

  児玉 和也 (著), 財部 恵子 (著), 国立情報学研究所 (監修)
  価格: ¥821 (税込)
  丸善出版(2016/4/1)

 本書は、「コンピュータを駆使した画像処理技術によって、あたかも撮影現場に戻って撮影し直すように、撮影後に視点や焦点を自由に変えることができるカメラ」である「撮影現場に戻るカメラ」について解説したものです。
 第1章「ピンホールの魔術からレンズの科学へ」では、「ピンホール現象を解析し、カメラ・オブスキュラを初めて考案したのは、10~11世紀のアラビアの学者イブン・アル・ハイサム(アルハーゼン)」であり、「目を傷めずに太陽を観測できることから、おもに天文学者たちが日食の観測装置として使うように」なったと述べています。
 そして、フェルメールの作品に、レンズ付きカメラ・オブスキュラを使ったと思われる特徴があるとして、
(1)レンズを通して見たときに生じる微妙な歪みが描かれていること。
(2)キャンバス全体を包み込むようなやわらかな光の表現においても、反射、拡散する無数の光の粒を描き、人や物の輪郭がぼやけて溶けていくようなレンズ特有の現象が描かれていること。
の2点を挙げ、「おそらくフェルメールは、私たちが見ているはずの世界をレンズという科学を通して再発見し、忠実に芸術として再現しようとしたのでは」ないかと述べています。
 第2章「カメラの誕生と進歩」では、基本的な画像処理技術として、
(1)画素ごとの処理、暗すぎる画像を明るくしたり、明るすぎる画像を暗くしたりといった技術が含まれる。
(2)隣り合う画素同士の処理、ぼけをきれいにしたり、解像度を上げたりする技術。
(3)画像データを小さく圧縮する技術。
の3点を挙げています。
 第3章「計算をはじめた未来のカメラたち」では、「撮影現場に戻ってもう一度撮影し直すような作業を、『画像処理』としてできないだろうか。もし実現できれば、これまでにない『未来のカメラ』の技術につながるのではないか」と開発の動機を説明しています。
 そして、「光を効率よく利用して、イメージセンサの実質的な感度アップために役立つ」技術として、「口径が数~数百マイクロメートルの超小型レンズが格子状に並んだもので、これをイメージセンサ上にピッタリ配列すると、本体のレンズとは別に1画素ごとに小さなレンズをかぶせた格好となり、感光部にほぼすべての光が集まるようになる」、「マイクロレンズアレイ」について解説しています。
 また、レンズが担ってきた、「イメージセンサ(あるいはレンズ)を前や後ろに動かすことで、好みの場所に焦点を合わせる」機能を、「コンピュータによる計算で実現してしまおう」とする「ライトフィールドカメラ」について、「カメラに入り込む光がどのように屈折するかはレンズごとに決まって」いることから、「あとはイメージセンサを前後にどのくらい動かすかさえ与えてやれば、マイクロレンズアレイでまるごと記録しておいた光がどのような像を結ぶはずなのか、すべて計算でシミュレーションすること」ができると述べ、「焦点合わせをさまざまない変えた画像を、いくらでも仮想的につくることができる」と述べています。
 著者は、「実用化に向けてはまだこれからの技術ですが、今後、さまざま案可能性が開けていく」と述べています。
 第4章「ピンホールカメラから遠く離れて」では、「ライトフィールドカメラにしても、3次元ぼけ処理の手法にしても、いったん複数のピンホール画像を集合としてまとめて考えている」ことから、「ピンホールカメラとはもはや比較にならないほど進歩し、遠くはなれてしまった感のあるカメラが、技術が発展したいま、再びピンホールを積極的に活用している。遠く離れれば離れるほど、カメラの原点に戻ってきている」と述べています。
 本書は、カメラの先祖と未来をピンホールで繋いだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 印象的だったのは、最新のカメラを突き詰めていった結果、結局はピンホールカメラに戻っていることです。
 ドラえもんのひみつ道具で、届いている光を選択することで直接見えないところの映像も撮影できるカメラというのがあったような気がしますが、撮り直しができるカメラはちょっと似ている気がしました。


■ どんな人にオススメ?

・このままでいたいと僕は思ってた人。


2016年8月 2日 (火)

マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる

■ 書籍情報

マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる   【マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる】(#2557)

  ベス シャピロ (著), 宇丹 貴代実 (翻訳)
  価格: ¥2,376 (税込)
  筑摩書房(2016/1/25)

 本書は、「絶滅種の復活に向けた科学者たちの取り組みと関連技術の進歩について紹介するとともに、そもそもなぜ絶滅種を復活させるべきなのか、復活させるにあたってどんな障壁があり、どんな問題を考慮しなくてはならないのか」を述べているものです。
 プロローグでは、「本書の狙いは、脱絶滅の道路地図(ロードマップ)を提供すること」であり、「まずは、どんな種または、どんな特質をよみがえらせるべきか判断基準を論じ、次に、DNA配列から命ある生物体へと到達する回りくどく迷いやすい道に立ち寄って、最後に、想像した生物を一度野生環境に放ったときいかに個体群を管理するかを議論」するとしています。
 第1章「絶滅を反転させる」では、「人々が絶滅を恐れる理由」として、
(1)私たちは機会が失われることを恐れる。
(2)私たちは変化を恐れる。
(3)私たちは失敗を恐れる。
の3点を挙げています。
 そして、「本書は、脱絶滅に関して“科学”と“空想科学”を切り離すことをめざす。今日何ができて何ができないのか、両者の溝はどうやって埋められるのか、といった内容を述べるつもりだ」としています。
 第2章「種を選択する」では、「人間は脱絶滅という考えに多かれ少なかれ懸念を抱く」が、「候補としてふさわしい種を挙げるよう強制されると、ほぼ全員が人間の手によって絶滅した種を選ぶ」と述べた上で、「ある絶滅種を復活させるか否かについては、感情よりも知識にもとづいて決断を下すことがきわめて重要だ」と述べています。
 そして、「よみがえらせる切実な理由は、対象の種そのものか、対象の種が現在の環境で果たしそうな役割に関わってくるだろう」として、「例えば、ある種がとくに重要な生態的地位(ニッチ)を占めていたなら、それが失われた結果、生態系が混乱して不安定になった可能性が高い」と述べています。
 また、「生態学上、マンモスをよみがえらせる切実な理由はいくつか考えられ」るとした上で、「ほかの主よりも脱絶滅の技術的な障害が少なそうなのも事実だ」として、
(1)寒冷地に住んでいたおかげで、保存状態のよい骨を数多く集めてDNAの分析に利用できる。
(2)現存する最近縁種はアジアゾウで、およそ500万~800万年前に枝分かれしたことから、赤ちゃんマンモスにとって無理のない代理母はゾウになるだろう。
(3)復活したマンモスの行き場も存在する。
の3点を挙げています。
 第3章「保存状態のよい標本を見つける」では、「古代DNAは、現在の生物多様性をもたらした進化の過程について学ぶ強力な手段となる」と述べています。
 第4章「クローンを作製する」では、「シベリアの凍土から回収されたミイラの一部は、保存が完璧で、無傷の組織や毛髪に加え、CTスキャンや解剖ではっきりと確認できる臓器までも持っている。ところが、奇妙にも、保存状態が最高のミイラですら、含まれるDNAは、骨に保存されていたDNAに比べてたいてい状態が悪い」として、「死体が捕食者に漁られて肉を食べ尽くされた場合、肉のない骨はたちまち永久凍土に埋まって凍ってしまうが、ミイラは遥かに長い間温かい状態にある。ミイラがゆっくり凍る間に、腸管や周辺環境にいる細菌があちこちの組織にコロニーを作り、内部から死体を腐敗させ、同時にDNAを破壊する」と述べています。
 第5章「交配で戻す」では、「マンモスのクローン作製は実現しそうにない」とした上で、「家畜化された牛の野生の祖先」に当たるオーロックスについて、「イエウシはオーロックスの子孫なので、野生のオーロックスに存在していた遺伝的多様性の大半が、今なお現存種のイエウシに存在するものと思われる」が、「オーロックスを再作製するためには、現存のコブウシヤコブなしの畜牛に見られるオーロックス的な特性をすべて集め、一つの新しい系統にまとめなくてはならない」と述べています。
 そして、「より“原始的”な品種」から始めて、「オーロックスの身体的、行動的特性を獲得できる選択的後輩プログラムを開発し、新たなイエウシの品種を生み出していく」過程は、「戻し交配」と呼ばれるとして、「かつて存在し、願わくば現存種の個体の遺伝子プールにまだ残っていて欲しい形質を交配で取り戻すことだ」と述べています。
 また、「ヘモグロビン遺伝子のマンモス版を持つ現在のゾウはまず見つからない」ことから、「マンモスのヘモグロビンを作れるゾウを創造するには、マンモス版遺伝子をゼロから作製し、ゾウの細胞に挿入する必要がある。わたしたちはいま、これを行えるのだ」と述べています。
 第6章「ゲノムを復元する」では、「ゲノムは2つの要素からなる」として、
(1)真性染色質で、遺伝子を含む。
(2)反復性が高くて凝縮された“異質染色質”と呼ばれる部分。
の2点を挙げ、「異質染色質は人間のゲノムのおよそ20パーセントを占め、高い反復性のせいで、人間のゲノムの中では――いや、どんなゲノムにおいても――きわめて解読が難しい。どうやた遺伝子の発現を規制する役割を担っており、細胞分裂の最中に染色体の分離を指示して、さまざまな染色体が核のどこに位置すべきか決めているものと思われる」と述べています。
 そして、「ゾウのゲノムを少しずつマンモスのゲノムに変えていく」計画について、
(1)保存状態のよいマンモスの遺体化石を幾つか集めて、DNAを抽出し、ゲノムを組み立てる。そのゲノム配列をアジアゾウのゲノム配列と比較して、マンモスとアジアゾウの相違のうち重要な部分を突き止める。
(2)変えたいと望むゲノム領域に相当するマンモスのDNAの鎖を合成する。
(3)ゾウのゲノムのなかで変えたいと望む部分を正確に突き止めて捕捉するのを仕事とする道具(分子バサミ)をこしらえる。
(4)マンモスのDNAの合成鎖と分子バサミをゾウの細胞の核に届ける。分子バサミがゾウのゲノムのうち編集すべき箇所を突き止め、補足して、DNAの鎖を半分に切断し、DNAの修復プログラムによって、増版のゲノムにマンモス版のゲノムを貼り付ける。
(5)この細胞画像の遺伝子ではなくマンモスの遺伝子を発現させているか否かを確認する実験を設計し、切り貼りの成否を評価する。
(6)切り貼り作業のすべてが成功した細胞を核移植に用いて、選択的に編集されたゲノムを持つ生物体を創造する。
の6点を挙げています。
 第7章「ゲノムの一部を復元する」では、脱絶滅の目的として、「種の復活ではなく生態系の復活こそ脱絶滅の真価だといえる。私達はどんな形の生命をよみがえらせるかではなく、どんな生態学的な交流を復活させたいかという観点で脱絶滅を考えるべきか」と述べています。
 第8章「さあ、クローンを作製しよう」では、「生殖細胞の移植は間違いなく画期的な技術で、保全生物学において様々な用途が考えられる」が、「脱絶滅の目的で生殖細胞を用いるには難点がいくつか存在する」として、
(1)始原生殖細胞は単数体であるため、精子か卵子のいずれかにしかならない。
(2)最終的に生殖器官に到達する始原生殖細胞は、挿入した始原生殖細胞だけではない。
(3)これまで行われた実験では、挿入した始原生殖細胞が成長して次世代になる効率が良くなかった。
の3点を挙げています。
 第9章「数を増やす」では、「現存する生物体のゲノムに過去の適応を復元する手法」によって、「脱絶滅は、種の多様性の保全と野生または半野生の生息環境の管理における強力な新しいツールとなるだろう」と述べています。
 本書は、失われた生態系の復活をめざした一冊です。


■ 個人的な視点から

 マンモスの復活と聞くと多くの人は、琥珀の中の蚊から遺伝子を取り出す『ジュラシック・パーク』メソッドを思い浮かべるわけですが、DNAはそう簡単には手に入らないようです。


■ どんな人にオススメ?

・マンモスに会いたい人。


2016年8月 1日 (月)

「地方創生と消滅」の社会学: 日本のコミュニティのゆくえ

■ 書籍情報

「地方創生と消滅」の社会学: 日本のコミュニティのゆくえ   【「地方創生と消滅」の社会学: 日本のコミュニティのゆくえ】(#2556)

  金子 勇
  価格: ¥3,240 (税込)
  ミネルヴァ書房(2016/1/15)

 本書は、「北海道での過疎地域研究を基盤として、日本各地の事例から得られた『創生』に向けての知見を総合的に提唱する」ものです。
 第1章「地方日本の消滅論と地方創生問題」では、「『地方消滅』をめぐる論戦は2015年になっても活発に行われているのだが、全体社会の人口減少胴体に対して、消滅を克服した地方集落の単一事例を対置するという構図が濃厚であり、日本全体に応用可能な汎用性が得られていない」と指摘し、「増田批判者が好む農業限定の地方創生論は、社会的逆機能として多様性の機会を奪っていると言ってよい。活用可能な地域社会資源を農業分野に限定することは地方創生論を閉塞させ、むしろ増田『地方消滅』の批判者の思惑とは反対に、創生のための多様性の機会を奪うことになる」と述べています。
 第3章「サステナビリティ論による地方創生研究」では、パーソンズによれば、「すべての社会システムは次のAGILによって特徴づけられている」として、
・A(Adaptation):適応
・G(goal attainment):目標達成という利害関心のなかで環境を取り扱うこと
・I(integration):統合
・L(latent pattern and tension management):社会基盤の安定と社会的緊張の処理
の4点を挙げています。
 そして、「コミュニティ論の分野では、2つの死ゅ浮き的問題が発生する。それは、個人はいかにしてコミュニティと結び付けられ、コミュニティはいかにして社会と結び付けられるか、と表現できる」と述べています。
 第4章「コミュニティのDL理論と内発的発展」では、「社会システムにはコンフリクト、リスク、不調和、緊張などによる間接的影響と直接的影響が混在する。コミュニティの社会システム論でもそれは同じであり、過疎地域に関しての私の原体験は北海道後志地方であるが、かつての調査を思い起こし、調査ノートを参照しながら、社会システム論的な発想で地方創生への道筋を辿ってみたのが本書である」と述べています。
 第5章「地方創生と労働者の福祉活動」では、過疎地集落において、
(1)高齢者の小家族化
(2)商店街の空洞化
(3)産み育てる医療の崩壊
(4)バス路線など公共交通機能の縮小
(5)義務教育施設の統廃合
(6)交番の廃止
(7)郵便局の閉鎖
(8)ガソリンスタンドの廃止
などが、「順不同ながらかなり並行的に進む傾向にある」と述べています。
 本書は、各地の事例を元に、地方創生の可能性を探った一冊です。


■ 個人的な視点から

 「地方創生」という言葉自体は新しいかもしれませんが、地方の時代とか地域活性化とかもうかれこれ何十年も同じことを繰り返してはコンサルの皆さんの養分となり続けてきたわけです。


■ どんな人にオススメ?

・これからは地方の時代だと思う人。


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