その他科学

2016年8月 3日 (水)

カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち

■ 書籍情報

カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち   【カメラ?カメラ!カメラ?!―計算をはじめた未来のカメラたち】(#2558)

  児玉 和也 (著), 財部 恵子 (著), 国立情報学研究所 (監修)
  価格: ¥821 (税込)
  丸善出版(2016/4/1)

 本書は、「コンピュータを駆使した画像処理技術によって、あたかも撮影現場に戻って撮影し直すように、撮影後に視点や焦点を自由に変えることができるカメラ」である「撮影現場に戻るカメラ」について解説したものです。
 第1章「ピンホールの魔術からレンズの科学へ」では、「ピンホール現象を解析し、カメラ・オブスキュラを初めて考案したのは、10~11世紀のアラビアの学者イブン・アル・ハイサム(アルハーゼン)」であり、「目を傷めずに太陽を観測できることから、おもに天文学者たちが日食の観測装置として使うように」なったと述べています。
 そして、フェルメールの作品に、レンズ付きカメラ・オブスキュラを使ったと思われる特徴があるとして、
(1)レンズを通して見たときに生じる微妙な歪みが描かれていること。
(2)キャンバス全体を包み込むようなやわらかな光の表現においても、反射、拡散する無数の光の粒を描き、人や物の輪郭がぼやけて溶けていくようなレンズ特有の現象が描かれていること。
の2点を挙げ、「おそらくフェルメールは、私たちが見ているはずの世界をレンズという科学を通して再発見し、忠実に芸術として再現しようとしたのでは」ないかと述べています。
 第2章「カメラの誕生と進歩」では、基本的な画像処理技術として、
(1)画素ごとの処理、暗すぎる画像を明るくしたり、明るすぎる画像を暗くしたりといった技術が含まれる。
(2)隣り合う画素同士の処理、ぼけをきれいにしたり、解像度を上げたりする技術。
(3)画像データを小さく圧縮する技術。
の3点を挙げています。
 第3章「計算をはじめた未来のカメラたち」では、「撮影現場に戻ってもう一度撮影し直すような作業を、『画像処理』としてできないだろうか。もし実現できれば、これまでにない『未来のカメラ』の技術につながるのではないか」と開発の動機を説明しています。
 そして、「光を効率よく利用して、イメージセンサの実質的な感度アップために役立つ」技術として、「口径が数~数百マイクロメートルの超小型レンズが格子状に並んだもので、これをイメージセンサ上にピッタリ配列すると、本体のレンズとは別に1画素ごとに小さなレンズをかぶせた格好となり、感光部にほぼすべての光が集まるようになる」、「マイクロレンズアレイ」について解説しています。
 また、レンズが担ってきた、「イメージセンサ(あるいはレンズ)を前や後ろに動かすことで、好みの場所に焦点を合わせる」機能を、「コンピュータによる計算で実現してしまおう」とする「ライトフィールドカメラ」について、「カメラに入り込む光がどのように屈折するかはレンズごとに決まって」いることから、「あとはイメージセンサを前後にどのくらい動かすかさえ与えてやれば、マイクロレンズアレイでまるごと記録しておいた光がどのような像を結ぶはずなのか、すべて計算でシミュレーションすること」ができると述べ、「焦点合わせをさまざまない変えた画像を、いくらでも仮想的につくることができる」と述べています。
 著者は、「実用化に向けてはまだこれからの技術ですが、今後、さまざま案可能性が開けていく」と述べています。
 第4章「ピンホールカメラから遠く離れて」では、「ライトフィールドカメラにしても、3次元ぼけ処理の手法にしても、いったん複数のピンホール画像を集合としてまとめて考えている」ことから、「ピンホールカメラとはもはや比較にならないほど進歩し、遠くはなれてしまった感のあるカメラが、技術が発展したいま、再びピンホールを積極的に活用している。遠く離れれば離れるほど、カメラの原点に戻ってきている」と述べています。
 本書は、カメラの先祖と未来をピンホールで繋いだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 印象的だったのは、最新のカメラを突き詰めていった結果、結局はピンホールカメラに戻っていることです。
 ドラえもんのひみつ道具で、届いている光を選択することで直接見えないところの映像も撮影できるカメラというのがあったような気がしますが、撮り直しができるカメラはちょっと似ている気がしました。


■ どんな人にオススメ?

・このままでいたいと僕は思ってた人。


2016年8月 2日 (火)

マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる

■ 書籍情報

マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる   【マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる】(#2557)

  ベス シャピロ (著), 宇丹 貴代実 (翻訳)
  価格: ¥2,376 (税込)
  筑摩書房(2016/1/25)

 本書は、「絶滅種の復活に向けた科学者たちの取り組みと関連技術の進歩について紹介するとともに、そもそもなぜ絶滅種を復活させるべきなのか、復活させるにあたってどんな障壁があり、どんな問題を考慮しなくてはならないのか」を述べているものです。
 プロローグでは、「本書の狙いは、脱絶滅の道路地図(ロードマップ)を提供すること」であり、「まずは、どんな種または、どんな特質をよみがえらせるべきか判断基準を論じ、次に、DNA配列から命ある生物体へと到達する回りくどく迷いやすい道に立ち寄って、最後に、想像した生物を一度野生環境に放ったときいかに個体群を管理するかを議論」するとしています。
 第1章「絶滅を反転させる」では、「人々が絶滅を恐れる理由」として、
(1)私たちは機会が失われることを恐れる。
(2)私たちは変化を恐れる。
(3)私たちは失敗を恐れる。
の3点を挙げています。
 そして、「本書は、脱絶滅に関して“科学”と“空想科学”を切り離すことをめざす。今日何ができて何ができないのか、両者の溝はどうやって埋められるのか、といった内容を述べるつもりだ」としています。
 第2章「種を選択する」では、「人間は脱絶滅という考えに多かれ少なかれ懸念を抱く」が、「候補としてふさわしい種を挙げるよう強制されると、ほぼ全員が人間の手によって絶滅した種を選ぶ」と述べた上で、「ある絶滅種を復活させるか否かについては、感情よりも知識にもとづいて決断を下すことがきわめて重要だ」と述べています。
 そして、「よみがえらせる切実な理由は、対象の種そのものか、対象の種が現在の環境で果たしそうな役割に関わってくるだろう」として、「例えば、ある種がとくに重要な生態的地位(ニッチ)を占めていたなら、それが失われた結果、生態系が混乱して不安定になった可能性が高い」と述べています。
 また、「生態学上、マンモスをよみがえらせる切実な理由はいくつか考えられ」るとした上で、「ほかの主よりも脱絶滅の技術的な障害が少なそうなのも事実だ」として、
(1)寒冷地に住んでいたおかげで、保存状態のよい骨を数多く集めてDNAの分析に利用できる。
(2)現存する最近縁種はアジアゾウで、およそ500万~800万年前に枝分かれしたことから、赤ちゃんマンモスにとって無理のない代理母はゾウになるだろう。
(3)復活したマンモスの行き場も存在する。
の3点を挙げています。
 第3章「保存状態のよい標本を見つける」では、「古代DNAは、現在の生物多様性をもたらした進化の過程について学ぶ強力な手段となる」と述べています。
 第4章「クローンを作製する」では、「シベリアの凍土から回収されたミイラの一部は、保存が完璧で、無傷の組織や毛髪に加え、CTスキャンや解剖ではっきりと確認できる臓器までも持っている。ところが、奇妙にも、保存状態が最高のミイラですら、含まれるDNAは、骨に保存されていたDNAに比べてたいてい状態が悪い」として、「死体が捕食者に漁られて肉を食べ尽くされた場合、肉のない骨はたちまち永久凍土に埋まって凍ってしまうが、ミイラは遥かに長い間温かい状態にある。ミイラがゆっくり凍る間に、腸管や周辺環境にいる細菌があちこちの組織にコロニーを作り、内部から死体を腐敗させ、同時にDNAを破壊する」と述べています。
 第5章「交配で戻す」では、「マンモスのクローン作製は実現しそうにない」とした上で、「家畜化された牛の野生の祖先」に当たるオーロックスについて、「イエウシはオーロックスの子孫なので、野生のオーロックスに存在していた遺伝的多様性の大半が、今なお現存種のイエウシに存在するものと思われる」が、「オーロックスを再作製するためには、現存のコブウシヤコブなしの畜牛に見られるオーロックス的な特性をすべて集め、一つの新しい系統にまとめなくてはならない」と述べています。
 そして、「より“原始的”な品種」から始めて、「オーロックスの身体的、行動的特性を獲得できる選択的後輩プログラムを開発し、新たなイエウシの品種を生み出していく」過程は、「戻し交配」と呼ばれるとして、「かつて存在し、願わくば現存種の個体の遺伝子プールにまだ残っていて欲しい形質を交配で取り戻すことだ」と述べています。
 また、「ヘモグロビン遺伝子のマンモス版を持つ現在のゾウはまず見つからない」ことから、「マンモスのヘモグロビンを作れるゾウを創造するには、マンモス版遺伝子をゼロから作製し、ゾウの細胞に挿入する必要がある。わたしたちはいま、これを行えるのだ」と述べています。
 第6章「ゲノムを復元する」では、「ゲノムは2つの要素からなる」として、
(1)真性染色質で、遺伝子を含む。
(2)反復性が高くて凝縮された“異質染色質”と呼ばれる部分。
の2点を挙げ、「異質染色質は人間のゲノムのおよそ20パーセントを占め、高い反復性のせいで、人間のゲノムの中では――いや、どんなゲノムにおいても――きわめて解読が難しい。どうやた遺伝子の発現を規制する役割を担っており、細胞分裂の最中に染色体の分離を指示して、さまざまな染色体が核のどこに位置すべきか決めているものと思われる」と述べています。
 そして、「ゾウのゲノムを少しずつマンモスのゲノムに変えていく」計画について、
(1)保存状態のよいマンモスの遺体化石を幾つか集めて、DNAを抽出し、ゲノムを組み立てる。そのゲノム配列をアジアゾウのゲノム配列と比較して、マンモスとアジアゾウの相違のうち重要な部分を突き止める。
(2)変えたいと望むゲノム領域に相当するマンモスのDNAの鎖を合成する。
(3)ゾウのゲノムのなかで変えたいと望む部分を正確に突き止めて捕捉するのを仕事とする道具(分子バサミ)をこしらえる。
(4)マンモスのDNAの合成鎖と分子バサミをゾウの細胞の核に届ける。分子バサミがゾウのゲノムのうち編集すべき箇所を突き止め、補足して、DNAの鎖を半分に切断し、DNAの修復プログラムによって、増版のゲノムにマンモス版のゲノムを貼り付ける。
(5)この細胞画像の遺伝子ではなくマンモスの遺伝子を発現させているか否かを確認する実験を設計し、切り貼りの成否を評価する。
(6)切り貼り作業のすべてが成功した細胞を核移植に用いて、選択的に編集されたゲノムを持つ生物体を創造する。
の6点を挙げています。
 第7章「ゲノムの一部を復元する」では、脱絶滅の目的として、「種の復活ではなく生態系の復活こそ脱絶滅の真価だといえる。私達はどんな形の生命をよみがえらせるかではなく、どんな生態学的な交流を復活させたいかという観点で脱絶滅を考えるべきか」と述べています。
 第8章「さあ、クローンを作製しよう」では、「生殖細胞の移植は間違いなく画期的な技術で、保全生物学において様々な用途が考えられる」が、「脱絶滅の目的で生殖細胞を用いるには難点がいくつか存在する」として、
(1)始原生殖細胞は単数体であるため、精子か卵子のいずれかにしかならない。
(2)最終的に生殖器官に到達する始原生殖細胞は、挿入した始原生殖細胞だけではない。
(3)これまで行われた実験では、挿入した始原生殖細胞が成長して次世代になる効率が良くなかった。
の3点を挙げています。
 第9章「数を増やす」では、「現存する生物体のゲノムに過去の適応を復元する手法」によって、「脱絶滅は、種の多様性の保全と野生または半野生の生息環境の管理における強力な新しいツールとなるだろう」と述べています。
 本書は、失われた生態系の復活をめざした一冊です。


■ 個人的な視点から

 マンモスの復活と聞くと多くの人は、琥珀の中の蚊から遺伝子を取り出す『ジュラシック・パーク』メソッドを思い浮かべるわけですが、DNAはそう簡単には手に入らないようです。


■ どんな人にオススメ?

・マンモスに会いたい人。


2016年7月26日 (火)

進化する遺伝子概念

■ 書籍情報

進化する遺伝子概念   【進化する遺伝子概念】(#2550)

  ジャン・ドゥーシュ (著), 佐藤 直樹 (翻訳)
  価格: ¥4,104 (税込)
  みすず書房(2015/9/26)

 本書は、「遺伝子概念の歴史」をテーマとしたもので、「遺伝情報とは何か」について、著者は「メッセージと情報とを区別」し、「メッセージとは、シグナルの集まりと定義されている。つまり一つひとつの文字をシグナルとすれば、それが並んでできた文章がメッセージである。そして情報とは、その文章の意味だ」と述べています。
 第1章「遺伝子概念以前」では、「近代的な意味での繁殖という概念を導入」したビュフォンについて、「動物にも植物にも共通の性質で、自分とよく似た子孫を生み出す能力」としていると述べています。
 そして、「遺伝的」という言葉を、「今日われわれが生物学的」と呼ぶ性質に関して体系的に使ったのは、「モーペルチュイが最初ではないかと私は思っている」と述べ、「彼によって、生物発生から遺伝への第一歩が踏み出されたのである」と述べています。
 また、「19世紀末には、2種類の考え方が併存していた」として、「メンデルにとって、将来人々が遺伝子と呼ぶことになるものは記号symboleでしかないものの、たしかに配偶子の中にある因子facteurを表していると見なされた。ヴァイスマンにとって、遺伝子は染色体に存在する仮想的な粒子particuleであった。この2つの考え方は、2つの異なるアプローチを反映していた」と述べています。
 第2章「遺伝子概念の誕生」では、「それ以前の研究者たちとは異なり、メンデルは、世代から世代へと伝播されるものが形質とは異なる別のものであることを示し、それを因子と呼んだ」として、「この区別がメンデルの最も重要な貢献であり、のちにメンデルの法則と呼ばれることになる分離比よりも重要なのである」と述べた上で、「メンデルの方法とはいかなるもので、それまでの研究者や同時代の研究者の方法とはどのように異なっていた」のかについて、
(1)幾つかの基準を決めてそれにもとづいて実験をしていること。
(2)研究する形質について、「確実で明白な特徴を示さない形質は、違いを判定するのが『多少とも』難しいため」、採用しなかった。
(3)徹底的に定量的で、その研究は大数の法則に則っていた。
(4)最初の交雑結果から、子孫の遺伝的性質(今日の言葉では遺伝子型)についての解釈を得て、その仮説を検証するための新たな実験を行ったこと。
(5)解釈の能力。彼の因子を、花粉や卵細胞といった生殖細胞にあるものとしたが、あらゆる生物は細胞からできているという細胞説は、当時はまだ新しかった。
の5点を挙げています。
 第3章「染色体上の遺伝子」では、「ブリッジズが現在でも使われている命名法を考案したことで、それによりそれぞれの染色体の各部位のバンドを同定し索引をつけることができるようになった」と述べています。
 第4章「分子レベルの遺伝子」では、「分子レベルの遺伝子概念、つまりコード領域DNAという考え方は、それが極めて単純であるという点で、大いに価値がある」が、「生物学においては何事も単純ではなく、この概念は最初から例外や疑問に直面していた」として、「1960年代に遺伝子の分子的概念ができたときから、その輪郭はファジーだったのである」と述べています。
 そして、「タンパク質合成のしくみの構築と解明において最終的に重要となった」のは、「DNA自体と、ヌクレオチド配列からタンパク質への翻訳という事象との間には、介在するものがある」とする「メッセンジャー仮説」だとして、「これにより、フランシス・クリックは分子生物学のセントラル・ドグマを提唱した。遺伝情報の伝達は一方向に行われる。つまりDNAからタンパク質に向かい、タンパク質からDNAへと『遡る』ことはない」と述べています。
 また、1961年にジャコブとモノーが「オペロンモデル」を提出したことについて、「ジャコブとモノーは変異体を解析すること」によって、
(1)構造遺伝子:タンパク質の合成をするための情報を担っているもの
(2)制御遺伝子:構造遺伝子の発言を調節するための情報を担っているもの
という、「機能的に重要な2種類のDNA配列を区別した」として、「遺伝子の発現制御が、それ自体遺伝学的に決定されていることを証明した」と述べ、「オペロンによって、ジャコブとモノーは遺伝学にプログラムという概念を持ち込んだ。この概念は発生遺伝学において大いに利用されることになる。遺伝的プログラムという概念も、それに先立つ遺伝情報という概念も、それらが生まれた時代と関係していることは明らか」だとして、「第二次世界大戦後、サイバネティクスや情報理論が生まれた時代である」と述べています。
 さらに、「最近の30年間を通じて、理論的にもまた技術的にも、生物学のあらゆる分野に分子レベルのアプローチが入りこんだ」として、「分子的なアプローチはきわめて実り多く、数多くの発見をもたらした」一方で、「これまで手工業的だった生物学が、一大産業的なものに変わり、農業・栄養産業や生物医学産業において、バイオテクノロジーが発展した。生物学の基礎的研究は、1930年代の物理学のように、しだいにビッグサイエンス的構造をとり始めた」と述べています。
 第5章「分子レベルの遺伝子概念の今日的危機」では、ヒトゲノムの基準配列を調べると、DNAのうちたった5パーセントだけがコード領域、つまり、遺伝暗号に従ってタンパク質に翻訳されうる領域である。非コード領域の一部はトランスポゾンによって占められているにしても、かなりの部分は遺伝子発現の制御領域である。これらは、1960年代にジャコブとモノーが大腸菌のラクトースオペロンについて明らかにしたオペレーターやプロモーターといった制御遺伝子と同じタイプのシスに働く配列ではあるが、ずっとスケールの大きなものであった」と述べています。
 第6章「あらためて遺伝子と遺伝情報を考える」では、「1960年代に教育を受けた遺伝学者」が、学生たちに伝えてきた「DNAは遺伝の担い手」という表現を、現在では、「批判的な目で見直すときにきている」と述べ、「20世紀中頃から、遺伝子は分子レベルで考えなければならなくなった。この考え方において、遺伝子はコードするDNA、つまり、転写され、遺伝暗号に従ってタンパク質に翻訳されるDNAでなければならなくなった」として、さらに、「遺伝暗号がデジタルコードだということ」について、「DNAに書かれたシグナルには、デジタル的なものばかりでなく、アナログ的なものもあることはすぐに説明した。これらのシグナルはDNAに書き込まれているが、翻訳されない。その場合、重要なことはDNA分子が取りうる形(一過的な形かも知れないが)である。こうしたシグナルは、構造的・幾何学的なもの、つまりアナログ的なものである」と述べています。
 そして、「siRNAによる制御が発見されると、アナログ的、すなわち幾何学的なシグナルが一層重要になった」とした上で、「さらに別の種類のものとして、現代的な意味でのエピジェネティックなシグナルの伝達が存在することにも疑いがない」と述べ、「以上のような理由を考えると、DNAのコード領域だけに限定された遺伝子の分子レベルでの定義は、選択的スプライシングや複数転写開始点などを考慮して範囲を広げたとしても、すでに古臭いものになっている。転写され、タンパク質へと翻訳されるDNA領域が数多くある以上、遺伝子の分子レベルの定義自体が誤りなのではなく、不十分なのである。すなわち、もともと古典遺伝学で遺伝子という言葉に期待されていた構造的・機能的な性質を満たすものではないからである」と述べています。
 また、「情報とメッセージとを区別した上で、生物の形態とは別に遺伝情報があるという考え方を保持することは大切である。情報は細胞が読んで解釈したメッセージであるが、多細胞生物の場合には発生過程にある生物全体がメッセージの解釈をする」として、「遺伝子とは、記号的かつ/またはアナログ的なタイプのメッセージで、クロマチンの核酸やタンパク質に書き込まれており、細胞から細胞へ、また、世代から世代へと伝達され、細胞や個体のもつ性質に基いて解釈されることにより、生物の形をつくり出すことを可能にする情報となるものである」と述べています。
 本書は、遺伝子をめぐって重ねられてきた数々の議論をおさらいした一冊です。


■ 個人的な視点から

 「遺伝」や「遺伝子」については、多くの人が中学や高校の生物の時間に「メンデルの法則」や「DNAの二重らせん構造」などを勉強してきたわけですが、じゃあ遺伝の仕組みはどうなっているのか、をきっちりと理解しようとするとまだまだわかっていないことが多いということがわかります。


■ どんな人にオススメ?

・遺伝とは何かを知りたい人。


2016年7月16日 (土)

歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける

■ 書籍情報

歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける   【歴史の謎は透視技術「ミュオグラフィ」で解ける】(#2540)

  田中 宏幸, 大城 道則
  価格: ¥886 (税込)
  PHP研究所(2016/1/16)

 本書は、「最新技術であるミュオグラフィの特徴を明確にするために、そしてその重要性と可能性とを知るために、比較として近年盛んとなってきているいくつかの科学的手法の歴史学・考古学分野への応用性を紹介」したものです。
 第1章「ミュオグラフィ――ピラミッドや火山を透視する」では、「ミュオンは100万分の2秒で崩壊してしまう非常に不安定な粒子であるにもかかわらず、重さは電子の20倍もあり、X線と比較すると桁違いに高い透過力を持って」おり、「1000万年かけて銀河を旅してきた陽子という素粒子が、地球の大気と反応してできるもの」であり、「常に地表に雨あられのごとく降り注いでいるにもかかわらず、われわれがその存在に気づくことはない」と述べています。
 そして、「火山観測でいち早くミュオグラフィの学術的な成果が上がった」理由として、「火山内部に大きな密度コンテクスト(密度の相違)があったこと、ミュオンの透過力が火山の透視に適していたこと」を挙げています。
 また、「遺蹟や歴史的建造物へも適用されつつある」として、イタリア北東部のアクイレイアやインドネシアのブランバナンの例を挙げています。
 さらに、「我々はこれまで入手不可能であったピラミッドの内部構造に関するまったく新しい情報を得ることができる可能性があることに気付かされる」と述べています。
 第2章「宇宙技術を用いた考古学――未発見の古代遺跡はどこにあるのか?」では、「空撮の最も進歩した形態」である「宇宙技術を用いた考古学」について、「この分野の先駆けとなったのは日本の東海大学」であり、「人工衛星を用いたリモートセンシング(人工衛星や航空機などを使用して、遠隔から地球の表面を測定・観測する手段。対象物が反射、放射する光[電磁波]の特性を把握する)を使えば、地面を掘ることなく、成果を上げることができる新しい考古学の道を切り開いた」と述べています。
 そして、「このような衛星を使用した考古学という分野が注目されている反面、例えばエジプトでは古代エジプトの都市を発見するために人力でドリルを継ぎ足しながら、数メートル地下のコアを抜き出し、そこに含まれている土器などから状況を推測しているのが現状なのである」と述べています。
 第3章「水中考古学――沈没船なら何がわかるのか?」では、「水中考古学を学問レヴェルに引き上げたのが、後に世界初となる水中考古学の講座をテキサスA&M大学で開講することとなる『水中考古学の父』ジョージ・バスであった」として、「地元漁師による半盗掘のような状況であった海中の遺蹟は、ゲラドニア岬以降、考古学者たちが自ら海に潜り、可能な限り陸上と同じ手法・基準で発掘を手掛ける新たな考古学のフィールドとなった」と述べ、「今や水中の発掘現場は、精緻な記録が取られ、過去の出来事を復元するという考古学本来の姿が展開されている」としています。
 第4章「生物学的技術を用いた考古学――ツタンカーメンとは何者か?」では、「1485年にイングランド中部レスターの西郊に位置するボズワースの戦いで、ヨーク朝にて期待するランカスターはが擁立したリッチモンド伯ヘンリー・チューダーと干戈を交えることと」なったリチャード3世について、「伝承・伝説では、その戦いの最中」に、「頭部に斧による打撃を受け戦死したと伝わっている」とした上で、「レスターで発見されたリチャード3性の遺骨には明らかに戦闘で被った痕跡が頭部に見られたのである。人骨の頭部には打撃痕と鋭利な武器で刺されたような傷跡があり、背中には鏃が刺さっていた」と述べ、「リチャード3世に関する伝承・伝説は、歴史的事実であったことが、発見された遺骨とそのDNA鑑定により明らかにされた」と述べています。
 そして、「ルイ17世のものだと伝わるミイラ化した心臓」について、DNA鑑定の結果、「ハプスブルク家の母方の親族の子どもであることを示しているに過ぎないが、その子供に該当する人物はルイ=シャルルしかいないことは歴史学が証明している」と述べています。
 本書は、最新の科学技術によって変貌する考古学の世界をのぞき見ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 私たちの体の中は常に色々なものが通過していらっしゃるようでそういうものをいかに捉えられるかというお話。
 スーパーカミオカンデみたいなのでピラミッドとか火山を通過したミュオンを捕捉しちゃうよ、っていう話ばかりかと思ったら、それは頭だけで、以降最新技術を使った分析手法が紹介されていました。


■ どんな人にオススメ?

・歴史の謎を問いてみたい人。


2016年7月15日 (金)

銀河系惑星学の挑戦

■ 書籍情報

銀河系惑星学の挑戦   【銀河系惑星学の挑戦】(#2539)

  松井 孝典
  価格: ¥842 (税込)
  NHK出版(2015/12/9)

 本書は、「惑星研究の目的は、単に惑星そのものの成り立ちを探ることだけでは」なく、「惑星の研究を通じて、この宇宙の成り立ちを知る」意義や面白さを伝えようとするものです。
 第1章「SFに追いついた天文学」では、「21世紀になり、最もホットな話題は銀河系に惑星を探す、さらにいえばもうひとつの地球を探す試み」だとした上で、「生命を宿す可能性という観点では、生命が誕生するのに適した軌道領域『ハビタブルゾーン』(habitable zone 水が液体で存在できる領域。つまり生命が誕生するのに適した環境の領域)に、惑星が位置する必要」があると述べています。
 そして、「さまざまな系外惑星の存在がわかってきて」いるが、「まだ発見されてわずか20年で、全貌がわかったとはとてもいえない状況」と述べています。
 第2章「人と惑星」では、古代の人々が、「不規則な動き方をする惑星には、神の意志を表す特別な意味があると考えた」と述べた上で、「天動説から地動説への転換は、もちろんきわめて大きなもの」であったが、「ここで重要なのは『地球が動いている」ことだけ」ではなく、「人類の自然観に最強影響を与えたのは、『地球もほかの惑星と同じ』とした点」だと述べています。
 そして、アポロ計画による月面調査によって、「望遠鏡の時代にはできなかった研究が、できるように」なり、「地球を調べるのと同じように、月という天体を調べることができる。望遠鏡の時代には天文学の対象でしかなかった月が、物質科学の対象になった」と述べています。
 また、「月のクレーターの研究によって、地球の歴史をめぐる考え方も根本的なパラダイムの転換を迫られること」になり、「アポロ計画以降は、地球の歴史を斉一説ではなく、ある時天変地異が起きて、それまでの自然が劇的に変化するという『激変説』で語るのが当たり前」になったとして、アポロ計画は、「私たち科学者にとっては、地球科学や惑星額を大きく方向転換させる強いインパクト」があり、「アポロ計画の科学史における意義は、ガリレオの望遠鏡に匹敵するほど重い、といっても過言では」なく、「ここで初めて、惑星学は『科学』になった」と述べています。
 第3章「太陽系の誕生」では、「アポロ計画によって持ち帰られた月面資料の分析」が、「1990年代になって、格段に性能の向上した分析器を用いて、これらの資料の分析が」始まった結果、
(1)これまで岩石全体でしか分析できなかった化学組成や同位体組織、あるいは同位体年代(同位体比を使った年代測定)、鉱物相の同定(どんな鉱物が含まれているかの決定)などが、鉱物ごとに、あるいは鉱物結晶の特定の場所ごとに行えるようになった。
(2)分析精度の向上。
などを挙げ、「月のマントルに地球のマントルと同じくらいの水が含まれていること」や、「角礫岩に含まれる様々な鉱物の形成年代が、43.5億年前から38億万年前と、約5億年の期間に及ぶこと」などが明らかになったと述べています。
 また、「分析技術の発展にともなって大きな進歩を遂げたのが、隕石の科学」だとして、「できあがってから融けたことのない隕石には、太陽系の材料(星雲ガスや太陽系前駆物質)がそのままの状態で含まれている」ことから、「そういう隕石は、その形成年代が地球の岩石よりもはるかに古いため、太陽系が生まれた頃のことがわかる」と述べています。
 第4章「惑星系はこうして生まれる」では、太陽系にかぎらず、「惑星は太陽のような恒星の『残骸』をもとに形成」されるため、「惑星を知るためには、遠回りのように見えるかもしれませんが、まず恒星がどのように誕生し進化するのか、その問題から説明を」始めるとしています。
 そして、「誕生する天体も太陽のまわりを公転しているのでそれぞれ角運動量を持って」おり、「太陽系ではそのほとんどを惑星が持って」いることが、「太陽系の大きな特徴」であり、「原始星円盤から惑星系が誕生したと考えると、うまく説明が」つくと述べています。
 第5章「惑星の新しい定義とは」では、2006年に、国際天文学連合(IAU)が決議した太陽系の惑星の定義として、
(1)太陽を回る軌道上にある天体
(2)重力が物体の強度を上回るだけの質量を持ち、したがって静水圧平衡に近い形をしている天体
(3)その軌道の近くにはほかの大きな天体が存在しない
の3点を挙げ、「これらの定義にあてはまらず、衛星でないものは、『準惑星』あるいは『太陽系小天体』と区分される」と述べ、このうち(3)の条件を見たいしていないため、「冥王星が惑星ではなくなった」としています。
 そして、太陽系の惑星である、
(1)地球型惑星:水星から火星までの主に岩石でできた惑星
(2)巨大ガス惑星:主にガスでできた木星と土星
(3)巨大氷惑星:主に氷からできた天王星と海王星
の3つのタイプについて解説しています。
 また、「今から40億年くらい前」に、「隕石重爆撃期」とよばれる時代があったことが、「アポロ探査によって明らかに」されたとして、「水をもたらした以外にも、天体衝突は、初期の地球にさまざまな影響を与えたに違いありません」として、「アポロ計画をきっかけに『天体衝突の科学』が発展したことは、太陽系や地球の歴史を明らかにする上で、非常に大きな意義があった」と述べています。
 第6章「太陽系の惑星科学が主流だった時代が銀河系惑星額へと移ったターニングポイントは1995年」にあるとして、
(1)銀河系において、恒星はどこまでが恒星と呼べるのかを明らかにする褐色矮星の発見
(2)系外惑星の発見
の2点を挙げています。
 そして、系外惑星とは別に「小さくて暗い天体」が注目された理由として、
(1)20世紀半ば、海王星より外側の領域に、焦点大群があるのではないか、と考えられ始めたこと。
(2)赤外線検出装置が発達したことで、原始惑星円盤や、水素の核融合をせず、自らは明るく輝かない低音の天体の観測が、技術的にも可能になったこと。
(3)恒星と惑星の中間的な存在である「褐色矮星」と呼ばれる天体の存在を予言する理論が提唱されたこと。
の3点を挙げています。
 第6章「銀河系惑星学を拓いた二大発見」では、「太陽系は宇宙で特別な存在ではない」という前提で始まった系外惑星の探査によって、「太陽系のような、巨大ガス惑星が10年以上の公転周期を持つ惑星系は、まったく当たり前の存在ではなかった」ことが明らかになったとして、「銀河系の系外惑星では、中心星の近くを短期間で周回する、巨大ガス惑星のほうが『ありふれた存在』」だったと述べています。
 第7章「生命を宿す星はあるのか」では、アストロバイオロジーは、「生命が宇宙から運ばれてくるという考え方の総称」である「パンスペルミア説の検証」という大問題に取り組むべきだとした上で、「2001年にはインドで、2012年にはスリランカで、いわゆる『赤い雨』」が降ったとして、「インドの赤い雨については、その正体が細胞上の物質であることが判明」し、「その雨で降る前に大気中で大きな爆発音がしたことから、細胞状の物質を含んだ彗星が、上空で爆発したのではないかと推測されて」いると述べています。
 本書は、惑星を科学する面白さを伝える一冊です。


■ 個人的な視点から

 「惑星」といえば望遠鏡で外から眺めるものだと思っていたのですが、サンプルリターンと調査機器の投入によって、今や実際に分析することができる分野になっていました。
 こういう背景を知ると、『宇宙兄弟』読むのも楽しくなりますね。


■ どんな人にオススメ?

・星に手を届かせたい人。


2016年7月 7日 (木)

地震前兆現象を科学する

■ 書籍情報

地震前兆現象を科学する   【地震前兆現象を科学する】(#2531)

  織原 義明, 長尾 年恭
  価格: ¥864 (税込)
  祥伝社(2015/12/2)

 本書は、民間の地震予知情報として世間で注目を集めている、
(1)地震科学探査機構のGPSデータ
(2)八ヶ岳南麓天文台のFM電波
(3)VLF電波伝搬の異常により地震を予測する地震解析ラボ
の3つについて、「できる限り客観的な検証」を行ったものです。
 第1章「東日本大震災は、本当に想定外だったのか?」では、「ある期間に発生した地震の数と、発生した地震のマグニチュードの頻度分布には、きわめて普遍的な関係が存在」するとして、「大きな地震と小さな地震の発生数の割合は一定」という「グーテンベルグ・リヒター則」について、「地震の発生に関するきわめて重要な統計的法則として広く認められて」いると述べています。
 そして、「阪神・淡路大震災は、観測については大きな変革と進歩をもたらし」たとして、「この地震を契機として、国が責任を持って、高精度かつ高密度の地震観測網を展開・維持することとなった」結果、「当時の科学技術庁参加の防災科学技術研究所に、全国およそ1000点の観測点で構成される高感度微小地震観測網(通称:Hi-net)が展開されることになり、ここに日本は世界最高水準の地震観測網を得るに至った」と述べています。
 また、「当時実用化が進んでいたカーナビゲーションでお馴染みのGPS連続観測システムが整備されることも決定し、これはGEONETと名付けられ」、「こちらも日本全国を約1200点の観測点で覆い、世界最高水準の地殻変動観測網となった」結果、「研究者が観測のための観測網の維持に忙殺され、肝心の研究が進まないという異常な状態が長く続いて」いたが、「このHi-netとGEONETの整備、および20年にわたるデータの蓄積により、地震予知研究は完全に新たな段階に入った」と述べています。
 第2章「地震予測情報のリテラシー」では、予知と予測の意味について、
(1)地震予知:時間・場所・規模の3要素が明確に示された決定論的なもの
(2)地震予測:前述の3要素は同じだが、確率論的なもの
と定義しています。
 そして、「地震に先行する異常現象の現れ方」のパターンとして、
(1)継続型:ある時点で異常が現れ、その状態が地震発生まで継続する。
(2)加速度型:異常が加速度的に増加し、地震に至る。
(3)過渡型:あるときに異常が短時間だけ現れ、その後正常に戻ってしばらくしてから地震が発生する。
(4)山型:ある時点で異常が現れ、その状態が一定期間継続し、その異常が収束したあとに地震が発生する。
の4つのパターンを挙げています。
 第3章「3つの民間地震予測情報を読み解く」では、「日本は建築物の基準も世界最高レベルであり、本当に“予知”が必要なのは、被害が出たり、鉄道が長時間止まるような可能性のある、陸域ではM6.5以上、海域ではM7以上の地震だけだ」と述べ、「このような予知情報は年に1回か2回しか出ないこと」になり、「民間の予知情報提供会社はそれでは経営が成り立たないと推察」されると述べています。
 第4章「地震は予知できる! その心理の背景にあるもの」では、「地震前兆現象として、その存在を少なからず信じる肯定派」は、
(1)動物の異常行動:86%
(2)地震雲:75%
(3)電気製品の異常:66%
であるが、これはインターネットによる調査で、「無作為抽出ではなく、そのテーマに関心のある人が、回答する傾向があるため」ではないかと述べています。
 そして、「自分に都合のいい情報だけを集めて、自己の先入観を補強することを、認知心理学では『確証バイアス』と呼んで」いると述べています。
 第5章「人が捉える前兆現象」では、動物異常行動や地震雲など、「人の目で判断することができる現象」を、「宏観異常現象」と言うと述べています。
 第6章「日本の地震予測研究の実情」では、「真の地震予知研究にあてられてきた国家予算は、さほど多くはありません」として、平成25年度の文部省地震・防災研究家の当初予算約171億円のうち、「予知」と名のつく研究はわずか4億円であり、「そのほとんどは地震観測や火山観測の維持・管理などで、真の意味で短期・直前予知研究にあてられた予算は、日本全体で年間1700万円足らず」であり、率にするとたったの0.1%だと述べています。
 そして、「大地震の前に自身が減る(静穏化)、または逆に増える(活性化)といったように、地震活動がそれまでと変わってくる可能性」について、「静穏化や活性化を際だたせる方法」として筆者らが開発した「RTM法」について、「 Rは距離(region)、Tは時間(time)、そしてMは地震の大きさ(magnitude)を表し」、「RTMは3つの値の積として定義され、過去一定期間内の地震活動の推移を示す指標」となると述べ、「RTM法は前兆現象抽出に有力な方法であることは確信して」いるが、「マグニチュード9クラスの地震では、その発生時期の推定に、5年から10年という大きな誤差がまだ生じて」しまうことから、「地下天気図だけでなく、電磁気学的手法や地下水などの、多角的な情報を重ね合わせて異常を抽出していくことが、実用的な予測実現への王道」だと述べています。
 第7章「馬鹿にできない地震発生のうわさ」では、地震流言の共通項として、
(1)発生日時は月日まで指定し、場合によっては時刻まで指定
(2)うわさの出処はもっともらしい権威を利用
(3)不安を助長するような出来事の存在
の3点を挙げて上で、「これらはうわさが流言化するための条件」だと述べています。
 そして、信州大学の菊池聡氏による「予言を的中させる方法」である、
(1)数多くの予言をする
(2)曖昧で多様に解釈できる予言をする
(3)悪いことを予言する
について、地震予測情報に当てはまるとしています。
 また、「地震予測を地震予言と混同されないようにするために、予測情報の発信者が心がけるべきこと」として、
(1)しばしば発生する地震ではなく、発生頻度の少ない地震を対象にする。
(2)曖昧さを少なくする。
(3)場合分けはやむを得ないが、検証を行う際は、場合分けされた予測すべてを全予測数に含める。
(4)予測情報は修正を加えることなく、原本のまま公開する。
の4点を挙げています。
 本書は、日本の「地震予知」と「地震予測」の現状を分析した一冊です。


■ 個人的な視点から

 耐震化したり備蓄したりっている地震に備えるっていうのは言ってみれば「保険」なわけで、地震が来なければその備えは「掛け捨て」になってしまう、というところが心理的なハードルになってしまいます。
 熊本県も近年地震が少ない地域ということだったり、台風に備えて瓦屋根が多かったり、ということが被害につながっていたようです。


■ どんな人にオススメ?

・地震を事前に察知したい人。


2016年7月 6日 (水)

サル:その歴史・文化・生態

■ 書籍情報

サル:その歴史・文化・生態   【サル:その歴史・文化・生態】(#2530)

  デズモンド・モリス (著), 伊達 淳 (翻訳)
  価格: ¥2,592 (税込)
  白水社(2015/8/26)

 本書は、人類の遠い祖先であるサルについて解説したものです。著者は、「なんでもとにかく探求したいというサルの先天敵な衝動がわたしたちの高度な技術革新の基礎となり、動きまわることを好むサルの性格が知識を探求しようとするわたしたちの勤勉さに繋がったのである」として、「ところかまわず駆けまわり、騒がしく鳴き、賢く、樹上で生活するこの動物から何百万年もかけて進化してきた人類は、スタート地点ですでに優位にあった」と述べています。
 第1章「聖なるサル」では、「雄のマントヒヒの堂々たる姿は、小立像から巨大な像まで、また色鮮やかな壁画から優美に彫られたレリーフまで、古代エジプトの様々な形式の技術に見ることができる」と述べています。
 そして、「インドでは、サルに与えられた名誉の最高位にあるのがハヌマーンである。神話の中でこれほど際立った役割を果たした伝説的なサルは存在したためしがない。ヒンドゥー教においてハヌマーンは猿神であり、高貴な英雄、勇気や希望、知識、知性、信心をもたらす存在、そして身体的な強さ、忍耐の象徴と見なされている」と述べています。
 また、バリ島において、「昔から、聖なるサルは悪霊から寺院を守ると信じられていて、だからこそ日常的に観光客に咬みついたり彼らから食べ物を奪ったりしても丁重に扱いべきとされている」が、「聖なる森から迷い出て近くの村や田んぼで略奪行為を始めた場合」には、「サルの地位はまったく異なるものとなり、地元の人達から害獣と見なされ、それ相応の扱いを受ける」と述べ、その理由として、聖なる動物は「善なる力も悪なる力も体現する」存在であるとされるからだとしています。
 第2部「部族にとってのサル」では、「部族社会、とくにアフリカの熱帯地方では、サルの仮面や像が頻繁に作られ、さまざまな集いや踊り、儀式の場で利用されている。森の天蓋の高いところを駆けまわる野生の猿を、その知性、俊敏性故に崇める部族は多い」と述べています。
 第3章「嫌われ者のサル」では、「西洋世界におけるサルは、チャールズ・ダーウィンがサルは人類と近縁関係にあるとして人々に敬意を表するよう説く以前は、邪悪で不道徳ないきもの、毛むくじゃらの好色な獣、あるいは愚かさの権化として見下されていた」と述べています。
 そして、「サルはヨーロッパにはほとんど生息していなかったため、どこまでも邪悪で有害な動物という役割も長くは続かなかった」として、数世紀が経過すると、「ユーモラスな芸術や文学の世界で、愚かしい人間の諷刺として頻繁に登場するようになった」と述べ、『罪深かったサルが、愚かなサルとなったのである」と述べています。
 第4章「好色なサル」では、サルの特徴には、「詳しい検証が必要なもの」があるとして、「想像で言い伝えられてきた、その精力の絶倫ぶり」について、「古来、サルが人間と交わるという野蛮な噂が耐えず、残酷にレイプすることもあれば、喜んで身を任せる人間の女性と情事を重ねることもあるとも言われてきた」と述べ、「実際のサルの性行動は過剰とは程遠い」という点でこうした妄想が皮肉だとしています。
 第5章「サルと娯楽」では、「人類は何世紀にもわたってサルとの関わりを楽しんできた。サルの賢さとお茶目なところが、身近にいる犬や猫よりも異国的な動物をそばに置きたいと思うペット愛好家たちを魅了してきたのだ」と述べた上で、「芸をするサルはインドネシアだけでなく、インドやパキスタン、ベトナム、中国、日本、韓国、タイでも相変わらず日常的に見かける光景である」と述べています。
 第6章「利用されるサル」では、サルが利用されてきた分野として、
(1)食糧を集める労働力
(2)宇宙開発における宇宙飛行士の代役
(3)医療研究所で実施される調査の対象
(4)身体に障害のある人たちの介添え
の4つを挙げています。
 そして、「1948年から97年までの間に、合計32頭のサルがロケットに乗せられ、宇宙に向けて打ち上げられた」と述べています。
 また、「ここ数年、従来とは異なる形でサルを利用する動きが見られるようになってきている」として、「身体的に重度の障害を負った人に尽くすように訓練する」ことについて、「はじめてこの役割を担ったのは、ヘリオンという名のオマキザル」であり、「車の衝突事故で四肢に麻痺が残り、手足の自由を奪われたロバート・フォスターの相棒になったのだ」と述べています。
 第7章「サルにまつわる表現」では、サルに関連する格言のなかで最も有名なものとして、「サルにタイプライターを渡してみるといい。それなりの時間を与えて適当にキーボードを叩かせれば、そのうちシェイクスピアの作品ができあがる」というものを挙げ、「この着想を面白思った数学者たちは、理論上は不可能ではないが、こんな偉業を達成するには宇宙の年齢の十万倍よりも長い時間を擁するだろうと述べている」としています。
 第8章「サルと芸術家」では、「サルはこれまで、創作の対象として芸術家にはそれほど好まれてこなかった」とした上で、「ピカソは長いキャリアを通じてかなり頻繁に猿の絵を描いている。サルに対して親近感を覚えていたことは明白である」と述べています。
 第9章「動物としてのサル」では、サルの「繁栄の秘訣おしてのいくつかの特徴」として、
(1)器用な手先:親指が他の4本の指と対置するように進化し、木から木へと飛び移るときに小さな枝を握ることができ、平で敏感な爪のおかげで小さいものをより性格につかめるようになっている。
(2)立体視野:顔の全面に回り込んでいるため、両目を使った立体視が可能であり、視覚が身の回りの世界を支配するようになって嗅覚の使い途が縮小した結果、顔が非常に平らになり、めまぐるしく変わるその時々の気分を様々な表情で表現できるようにもなった。
(3)腕力に優先する知能:脳が進化してかなり高度な知能を持つにいたり、腕力に頼らずとも生存に関わる諸問題を解決できるようになった。
の3点を挙げています。
 第10章「ちょっと変わったサル」では、「すべてのサルのなかで最北に生息するニホンザルは、他の種なら耐えられないような寒冷地でも暮らすこと」ができ、「スノーモンキー」と呼ばれることも納得で、「非常に毛深く、通常の毛の上にさらに毛皮のコートを着ているのかと思うほどだ。短い尾も毛でびっしりと覆われていて、体の中で冷たい外気に晒されているのは、赤い肌がむき出しになった顔だけである」と述べています。
 本書は、身近でありながら知られていないサルと人間との関わりを描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 サルは人間と近いがゆえに、東洋では神聖な存在とされ、西洋では邪悪なものとされてきた、というのが面白いです。
 日本人は雪山で温泉に使っているサルの映像を見慣れていますが、世界的には大変レアな存在なようです。


■ どんな人にオススメ?

・サルを身近に感じている人。


2016年1月25日 (月)

三畳紀の生物

■ 書籍情報

三畳紀の生物   【三畳紀の生物】(#2518)

  土屋 健 (著), 群馬県立自然史博物館 (監修)
  価格: ¥2,894 (税込)
  技術評論社(2015/6/12)

 本書は、「ペルム紀末に発生した空前絶後の大量絶滅事件をこえて」、生態系を再構築した「三畳紀」の生き物を鮮やかなイラストともに解説したものです。
 第1章「大絶滅から一夜明けて」では、「今から2億5200万年前、ペルム紀末に起きた絶滅事件は強烈なものだった。この事件で、海棲動物種の約96%、陸上動物種の約69%が姿を消したといわれる。古生代がはじまって以来気づかれてきた生態系はリセットされた」と述べ、「中生代は、3つの「紀」で構成されている。その最初の時代である三畳紀は、ペルム紀の後、約2億5200万年前に始まり、約5100万年間続いた。この期間は、中生代の紀のなかで最も短い。『3つの畳』とは、変わった名前のように思われるかもしれないが、じつはかなり直接的な名称だ。19世紀に各地質時代の名前が次々に決められていったなかで、この時代についてはドイツに分布する3つの地層が注目され、名付けられてあのである」富んべています。
 そして、三畳紀の大きな特徴として、「最初と最後に大量絶滅が発生しているということ」を挙げています。
 第2章「再構築された海洋生態系」では、「三畳紀を含め、『中生代』を一言でいえば、それは『爬虫類の時代』である。陸・海・空のすべてで爬虫類が主導権を握ったのだ。そして、その先駆けは、まず海に現れた。海棲適応した爬虫類、『魚竜類』の登場である」として、「魚竜類は三畳紀に出現してジュラ紀に絶頂期を迎え、白亜紀の半ばに滅ぶことになる海生爬虫類である」と述べています。
 第4章「テイク・オフ!」では、「三畳紀になって登場した滑空性の爬虫類の一つ」であるクエネオサウルス類について、「いずれの種も短い首に小さな頭、長い尾をもち、肋骨に独特の特徴がある。背から腰にかけての肋骨は腹側に回りこまず、その先端から側方へ向かって細く長い骨が関節しているのだ」として、「各骨の間には、皮膜が張っていたと見られとり、これによって『翼』をつくっていたようだ」と述べています。
 また、「翼竜は三畳紀だけではなく、中生代全体を代表する『空飛ぶ爬虫類』だ」として、「そんな翼竜が最初に登場したのが、三畳紀後期に当たる約2億2500年前のことである」と述べています。
 第5章「クルロタルシ類、黄金期を築く」では、「ペルム紀末の大量絶滅から生態系が回復していくなかで、三畳紀諸島の陸上ではある爬虫類グループが台頭し始めていた。そのグループは一見すると現生のワニとよく似ている」が、「現生ワニ類は四肢が体の横方向に突き出していて、いわゆる『這い歩き』を主にする」のに対し、「クルロタルシ類は体の下に向かってまっすぐ四肢が伸びている」と述べています。
 また、「クルロタルシ類には、現生ワニ類とは似ても似つかないものもいた。その姿は全体的にスレンダーで、小さな頭と長い首、長い尾をもつ。前足は短く、後ろ足が長い。このため、二足歩行をしていたと見られている」として、ポポサウルス類を取り上げ、その一種「エフィギア」について、「1億年以上のちの時代に出現する、ある恐竜たちと似ている」として、「オルニトミモサウルス類」を挙げ、「この類似は、『速く走る』ということに対して起きた収斂進化であると見られている」と述べています。
 そして、ラウィスクス類について、「ティランノサウルス類との収斂といっても過言ではない」とされるとして、「幅のある頭部と鋭くて大きな歯は、たしかにティランノサウルス類とそっくりだ」と述べています。
 著者は、「サウロスクスやファソラスクスに代表されるラウィスクス類は、まさに『クルロタルシ類の黄金時代の象徴』といえるだろう。三畳紀において、クルロタルシ類は生態系の頂点に立ち、その一方で植物食性の獲得など、多様化も進めていた」と述べています。
 また、「この地における三つ巴の様相」として、「ペルム紀の支配者だった単弓類の生き残りと、三畳紀の支配者であるクルロタルシ類、そして、のちの時代の覇者となる恐竜類が同時期に同じ場所に存在し、苛烈な生存競争を繰り広げていた」と述べています。
 第6章「時代の先駆け」では、「恐竜形類」という聞き慣れない言葉について、「恐竜が誕生する直前の、恐竜とは別のグループである。いうなれば恐竜形類は、恐竜の祖先に当たる動物たちなのだ」と述べています。
 そして、「肉食動物にとっても植物食動物にとっても、大きいことは何かと都合がよい。一つは、自然界においては『大きいことは強い』という基本原則がある」とした上で、「巨大な動物は外温性であっても自分の体温を保てる」ことから、「巨大な体ほどエネルギーの節約になる」と述べています。
 第7章「第4の大量絶滅事件」では、「三畳紀の世界は、いうなればペルム紀末の大量絶滅事件で受けた壊滅からの再構築だった。しかし、三畳紀末、約2億100万年前。再び大量絶滅事件が勃発する」として、「前回の大量絶滅から5000万年後という間隔は、ビッグ・ファイブのなかで最短である」と述べた上で、「2012年、鹿児島大学の尾上哲治たちは今から2億1500万年前に巨大隕石が衝突していた証拠を岐阜県坂祝町から発見した。それは地球表層には本来極めて微量しか含まれないはずの白金族元素の濃集だった。尾上たちによれば、これはカナダ北東部ケベック州にある直径約100kmのマニクアガン・クレーターが作られたときのものだという」と述べています。
 エピローグでは、「『三畳紀末』という時期を境にして、陸と海では生物相の入れ替わりが生じた。陸上脊柱動物においては、三つ巴の戦いの勝者として恐竜だけが次の時代へと大きな一歩を踏み出すことになる」として、「それまでクルロタルシ類が支配していた生態系が、ほぼ空っぽの状態で提供されたのである。恐竜はその生態系を奪取することに成功し、自らの地位を確立していく」と述べています。
 本書は、恐竜ファンには今ひとつ馴染みの薄い三畳紀の素顔を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ジュラ紀、白亜紀といった花形に比べて、影が薄い感のある三畳紀ですが、本当の通は三畳紀に注目するらしいです。本当かどうか知りませんが。


■ どんな人にオススメ?

・細腕三畳紀とかが懐かしい人。


2016年1月24日 (日)

オーロラ!

■ 書籍情報

オーロラ!   【オーロラ!】(#2517)

  片岡 龍峰
  価格: ¥1,404 (税込)
  岩波書店(2015/10/8)

 本書は、「オーロラの不思議を、この小さな本にギュッと閉じ込めようとした挑戦」です。「前半では、オーロラの秘密のベールが剥がされてきた過去100年間を一気に振り返り、最近のコンピュータ・シミュレーションによって50年の常識が覆されつつあるオーロラの発電について紹介」し、「後半は、オーロラの『真の姿』に迫りつつあるオーロラ観測の最前線を紹介」しています。
 第1章「オーロラはなぜ光るのか?」では、高さ80kmから先の「空の終わり」において、「酸素原子がエネルギーを受けたときに、自然に出てくる色」だとした上で、「オーロラは『なぜ』光っているのだろうか。つまり、空の終わりの酸素原子や窒素分子たちを叩くエネルギーは何であり、どこから来るのだろうか」という問題について、「オーロラは、地球規模で『輪』を形作っている」いて「オーロラオーバル(オーバルは楕円形)」と呼ばれていると述べ、「地球から少し離れた近場の宇宙は、むしろ電気うなぎのように、10億kwもの電力を自分で発電していることがわかっている。そしてその電力は電流として、特にオーロラオーバルに集中的に流し込まれる。そう、空の終わりの酸素原子を叩くエネルギーの正体は、この電流なのだ。この大電流、すなわち猛スピードで流れる大量の電流が、酸素原子にぶつかることで、酸素原子が励起されていたのである
 著者は、「地球が地場をまとっていることによって、電子は地磁気に捕らえられ、オーロラオーバルの近くに輪のように電子が流れ込みやすい状況になっている。そこで、猛スピードで大気へ流れ込んだ電子が、空の終わりの酸素原子と衝突して、オーロラを光らせていたのである」と述べています。
 第2章「発電する宇宙空間」では、「どこまでも広がろうとするコロナを引き止めていくれるのは、太陽から離れるほどに弱まっていく、太陽の重力だけである。距離の自乗で後ろ髪を引かれながらも、その重力を振りきったコロナのプラズマは、いきなり音速を越えたスピードにまで加速して宇宙空間へ流れ出す。1958年にパーカーが理論的に予言して『太陽風』と名付けた、超音速のプラズマの流れだ。コロナは太陽風になり、太陽風はオーロラを光らせる源となる」と述べています。
 そして、「太陽風は、地球の表面はもちろん大気にすら、直接吹き付けることはできない」理由として、「太陽風のプラズマは、見えない地磁気をバリアのように感じて、その進路を曲げる性質があるからだ」と述べた上で、「この雷神としての磁気圏」は、「押さえつけてくる太陽風の持つエネルギーを巧みに利用して、オーロラのエネルギー源となっている電力を生み出す。そして、太陽風のスピードが速いほど、反発して磁気圏の発電量は多くなり、オーロラも活発になるのだ」と述べています。
 また、「オーロラオーバルを精密に再現する、磁気圏全体のコンピュータ・シミュレーション」の結果として、「オーロラオーバルに流れ込むビルケランド電流を、その電源側へと逆にたどること」によって、「立体的に発電が起きていたこと」が明らかになったと述べ、その概要として、
(1)南向きの地場が持つ太陽風が地磁気に吹き付けることで、開いた地場と閉じた地場の隙間にプラズマが渋滞して詰まってしまい、圧力が高い領域が生まれる。
(2)この圧力の高いところから低いところに向かってプラズマが流れている場所で発電、つまり電場と電流が生まれる。
(3)そうして発生した電流が地球大気に流れ込み、立体的な電流回路ができる。
の3点を挙げています。
 第3章「速すぎるオーロラを追え!」では、「電磁波をとらえるアンテナを使うと、宇宙からぴよぴよと鳥の鳴き声が聞こえる」として、「磁気圏という巨大電気うなぎが発生している電磁波をラジオに通すと、ぴよぴよと不思議な音が聞こえてくるのだ」として、「この電磁波は、小鳥たちのさえずりを表す『コーラス』野菜で呼ばれている。ディフューズオーロラを光らせる電子が、磁気圏の中に大量に貯めこまれるときに、その電子のサイクロトロン運動によって発生する電磁波だ」と述べています。
 第5章「オーロラの過去・現在・未来」では、「銀河宇宙線から地球上の生命を守るバリアとなっているのが、まさにオーロラを作る3大要素である太陽風、地磁気、大気である。つまり、オーロラを知るということは、宇宙に住むためのバリア機能を知る、ということでもあるのだ」と述べてます。
 そして、「オーロラは、宇宙と地球の接し方の秘密を、人間の目にも見える形で見せ続けてきた」として、「オーロラは、宇宙と接して生まれ、宇宙に生きている私たちの過去・現在・未来を知る道標となる光だったのだ」と述べています。
 本書は、オーロラの仕組みと魅力を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 残念ながら生まれてこの方オーロラを見たことはありませんが、一生に一度は眠い目をこすりながらオーロラを見てみたいと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・オーロラを見たことがない人。


2016年1月22日 (金)

海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機

■ 書籍情報

海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機   【海洋大異変 日本の魚食文化に迫る危機】(#2515)

  山本智之
  価格: ¥1,728 (税込)
  朝日新聞出版(2015/12/10)

 本書は、「陸にくらべて海の中は、環境に変化が起きても見過ごされやすい」として、「海の生き物たちを脅かす乱獲や開発、汚染に加えて、『温暖化』『酸性化』『外来種化』といったキーワードに焦点を当てて」書かれたものです。
 第1章「食卓につながる海の異変」では、「外来種は、自然のバランスを崩し、本来の生態系を変えてしまうおそれがある」ため、「行政による駆除の対象になるケースもある」が、東京湾のホンビノスガイは、「あまりに数が増えたため、地元の漁師が本格的な漁業の対象にして、生計を立てるようになった」結果、「いつの間にか『江戸前の新名物』として市民権を得るまでになった」と述べ、その理由として、「この絵画酸素の少ない環境に強いこと」を挙げています。
 そして、「日本海近海では、海面水温の年平均値が過去100年あたりに1.08度高くなった」とした上で、「海水温の上昇が特に問題となるのは夏の時期だ」として、「日本のサケの回遊ルートは、こうした高水温の海域によって遮断されてしまう恐れがある」と指摘しています。
 第2章「ウナギが食べられなくなる?」では、「ウナギの資源量は急激に減っており、このままでは危ない」と研究者の間では20年以上前から心配されていたが、2014年6月、「国際版のレッドリストで絶滅危惧種に指定された」とした上で、「現在のウナギ養殖は、天然の稚魚に100パーセント依存して」おり、「養殖といっても、実際は、野生の稚魚を大量に取る漁業だ」とのべています。
 そして、1990年代に、「スーパーに安いウナギの蒲焼が大量に並ぶようになり、ウナギは『普通のおかず』のような感覚で買えるようになった」が、このカラクリとして、「人件費の安い中国ではニホンウナギの養殖も盛んだが、この時期、フランスなど欧州産のヨーロッパ鰻の稚魚を中国の養鰻場に運んで育て、それを日本向けに出荷するというビジネスが盛んに行われるようになった」結果、ヨーロッパウナギは、「ごく近く将来に絶滅の危険性が極めて高い」とされる「絶滅危惧IA類」に指定されたとして、「私たち日本人は、『中国産』の安い蒲焼きを食べ続けたことで、結果的に、ヨーロッパウナギを激減させた乱獲漁業に手を貸してしまったのだ」と述べています。
 また、ウナギの蒲焼のDNAを調査した結果、「ある牛丼チェーンの神奈川県内の店舗では、一杯の『うな丼』に、ヨーロッパウナギとアメリカウナギの蒲焼が一緒に並んでごはんの上に乗っていた」として、「日本の蒲焼きの流通がいかに複雑化しているかを示すエピソードだ」としています。
 第3章「日本のワカメは悪名高い『外来種』」では、「日本の海にやってきた外来種の中でも、定着後の歴史が比較的長い」ものとして、地中海などが原産の「ムラサキイガイ」、いわゆる「ムール貝」について、国際自然保護連合(IUCN)が「世界の侵略的外来種ワースト100」に選んでいると述べています。
 第4章「日本列島を北上するサンゴ」では、石西礁湖について、「日本最大のサンゴ礁域で、わずか5年の間に生きたサンゴが7割近くも失われていた」理由として、「2007年の白化現象の影響が大きい」と述べています。
 また、「日本のサンゴの分布の北限は現在、太平洋側は房総半島、日本海側は佐渡とされている」が、「温暖化が進む将来は、さらに北へ広がりそうだ」として、「海底の岩の上にサンゴがたくさん育てば、その分、海藻は減る」と指摘しています。
 第5章「もう始まっている『海の酸性化』」では、「CO2は水に溶けると酸として働く。このため、大気中のCO2濃度が高まるにつれて、海水の酸性度が強まってゆく」という「海の酸性化」について、「海水の化学的なバランスが崩れることで、海の生態系に将来、広範囲に悪影響が及ぶ恐れがある」と指摘しています。
 そして、「『海の酸性化』が進むと、貝類は炭酸カルシウムの殻を作りにくくなる」ことから、アワビやウニの生育に悪影響が出る恐れがあるとしています。
 また、「海によるCO2の吸収作用はこれまで、CO2が大気中で増える速度を抑え、温暖化を緩和してくれる『良い現象』だと思われていた」が、「そこに落とし穴があった」と述べています。
 第6章「南極海のウニ、ガラパゴスのナマコ」では、南極海で、「すでに乱獲が指摘されている生物もいる」として、「かつては『銀ムツ』という名前で流通していた魚で、たっぷりと脂を含んだ白身は非常においしい」白身魚の「メロ」について、その正体は、「スズキ目ナンキョクカジカ科の大型魚」である「マジェランアイナメ」とその近縁種の「ライギョダマシ」だと述べ、ともに大型魚ではあるが成長が非常に遅いことを指摘しています。
 また、「かつてアマモの宝庫だった東京湾」の面影を残す貴重な「アマモ場」が千葉県富津市の沿岸にあるとして、「アマモの茂みは魚や貝類、甲殻類を育み、海の豊かさを生み出す」ことから、近年、「国内各地の海域で、漁協やNGOがアマモの種子や苗を海底に移植し、『アマモ場』を再生させる取り組みを進めている」が、「遺伝的な違いを無視して、異なる海域のアマモを人の手で植えてしまうと、交雑が起きるなど、それぞれの海域に固有なアマモの遺伝的な多様性が失われる恐れがある」都市的sています。
 第7章「深海魚が語る海のごみ汚染」では、東京湾に毎年現れる「酸素が極めて少ない『貧酸素水塊』」について、「毎年6月ごろから発生が目立ち、ピークは9月ごろ。東京湾の湾奥部を中心に出現し、横浜市の本牧沖あたりまで広がる年もある」と述べた上で、「風が吹いて低層の貧酸素水塊が海の表面に湧き上がると、悪名高い『青潮』となり、多くの人々の注目を集めることになる」と述べています。
 また、「アカウミガメ」が、「エサの海藻や海草を食べるとき」に、プラスチックゴミを「一緒に口にいれてしまう傾向が強い」として、「プラスチックゴミによって消化管の閉塞を起こしたウミガメは、体がやせていたり、消化管に炎症が起きて黒ずんでいたりする。死亡との因果関係を示すのは難しいが、プラスチックゴミを食べたことが原因で死んでしまう個体も、おそらくいるだろう」とする、ウミガメ研究者で岡山理科大学教授の亀崎直樹氏の言葉を紹介しています。
 本書は、海をめぐる自然破壊を叫んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 「プラスチックゴミがウミガメの腸に詰まって死んでしまう」という話は色々なところで耳にしますが、本当にゴミが詰まって死んでいるのかどうかはよくわからないようです。


■ どんな人にオススメ?

・末永く魚を食べ続けたい人。


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