社会起業家

2016年1月20日 (水)

国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志

■ 書籍情報

国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志   【国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志】(#2513)

  レネー・C・フォックス (著), 坂川 雅子 (翻訳)
  価格: ¥5,832 (税込)
  みすず書房(2015/12/25)

 本書は、「相互に関連する2つの『追求』」、すなわち、
(1)国境なき医師団(MSF)の絶えざる追求
(2)長期に渡る社会学的リサーチを通して、国境なき医師団の任務と、活動と、その特有の文化を理解し、記録し、考察し、分析しようとする著者自身の追求
の2つを扱ったものです。
 著者は、「社会学的見地から、MSFの理念、価値観、文化、元気活動について、また、その人道的活動によって絶えず生み出される医学的・道徳的課題について、考察する」としています。
 第1章「現地からの声」では、「フィールドブログは急速に発展し、MSFのウェブサイトのなかで最も頻繁に訪問されるサイトとなった。多くの人々が現場の報告やエピソードを熱心に読み、心からそれに応えた」と述べた上で、ブロガーたちが、「前向きな証言」を行う一方で、「自分たちのことを、『揺るがぬ信念をもって事態の改善をめざすMSFのの活動に邁進する人間』として、英雄視したり、他人から英雄視されることを、一様に拒否する。彼らは『ぞっとするような』苦しみや、傷を負った人々を前にしたときの、心身を疲弊させるフラストレーションや苦悩や怒りについて、また、自分たちが目撃した死――病気や自然災害だけではなく、貧困、暴力、不正、強制退去、破綻した医療制度によって引き起こされるすべての死――の詳細を、感情につき動かされて書く。ブロガーたちは、このような事態を改善するための能力が足りないことを嘆き、自分を責めるのである」と述べています。
 そして、「あらゆるブロガーによって、任務を終え、別れを告げ、現地から引き上げることは、彼らに『喪失感』をもたらし、『ある種の服喪期間を必要とする』辛い経験である」と述べています。
 第2章「発端、分裂、危機」では、「MSF設立の経緯をたどると、MSFが少数の若いフランス人医師によって創設されたことの必然性が浮き彫りになる」として、1967年から1970年のナイジェリア内戦の際にボランティアとして赴いた彼らが、「自分たちが直接目にした『飢餓に苦しむイボ族の窮状』は、食料の配布を妨害することで『集団殺りく』をしようとしたナイジェリア政府の責任である」と考えたが、「彼らは、公然と政府を避難したいと思ったが、『沈黙の原則』を守るという誓約書に署名していたために、それが果たせなかった」ことから、「この義務づけられた沈黙」に対する「激しい道徳的怒り」が、「行動と発言」ならびに「治療と証言」という「2つの柱をおいたMSF」の創設につながったと述べています。
 第3章「ノーベルか反抗者(レベル)か」では、「1999年10月15日に、ノルウェー・ノーベル委員会は、『この組織がいくつかの大陸で行なってきた先駆的な人道支援活動』の功績により、1999年のノーベル平和賞を国境なき医師団に授与することが決定したと発表した」ことについて、「ノーベル賞は、MSF、内部に『成功がもたらす危機』を生むきっかけとなった」として、「その後行われた組織全体の現状調査は、MSF、の人道活動の理念や、『運動である』という自己認識、そしてその文化に、深く結びついたものだった。この自己検討は、各国の支部同士の――とくにMSF、フランスとその他の支部との――緊張を表面化させることとなった」と述べています。
 第4章「MSFギリシャの除名」では、1999年のMSFギリシャの除名は、「組織の構成、管理体制、意思決定、そして『作戦上・人道上の理念の実行』において幾度と無く繰り返されるMSFの取り組みにとって、大きな意味を持つものであった」と述べています。
 第6章「ラ・マンチャ」では、「2004年の11月、MSF、国際評議会と『EXDIR』(全19支部の事務局長からなる団体)は、ラ・マンチャ会議と呼ばれる検討会の開催に向けて、準備に取りかかった。ラ・マンチャ会議の目的は、MSFの『基本的存在理由(レゾンデーテル)』、『役割と限界』、そして『管理方法』をより明確にするこおであった。ラ・マンチャ会議は、MSFに大きな影響を与えつつある『外部からの刺激や内部の変化』に対応する試みだった」と述べています。
 そして、「MSFの発展、MSFが取り組んでいる健康と医療の問題、そして『ノーベル賞の受賞』によって、管理体制は強化され、そしてまた同時に新たな問題をかかえた、ということについて、ラ・マンチャ会議では意見の一致が見られた」とした上で、「その構造や管理に関する、MSFの絶え間ない問題意識の根底には、自分たちが『単なる組織ではなく』道筋を作る運動であるという自己認識がある。MSFは、自分たちを、社会的・医学的使命のために、医学的・人道的な理念と行動を求めて『ボランティア精神』をもって集まり、対等な人々の集まりとして結集した、個々人の『組合』であると考えている」と述べています。
 第7章「HIV/エイズと闘う」では、「2000~2001年に、MSFは、抗レトロウイルス剤によるHIV/エイズの治療をプログラムに組み込み、治療に不可欠なこの薬剤を手頃な価格で入手できるようにするために、集中的な証言とアドボカシーをはじめた。しかしそれを行うための決定は、容易になはされなかった。MSF全体で時間をかけて少しずつその決定に到達したのである」と述べています。
 第8章「カエリチャで」では、「MSFやTACの活動を妨害する政府のエイズ否定主義は、さまざまな形で表された。たとえば、南アフリカで広がっているエイズの危険性を軽視したり、エイズは、この社会における多くの医療問題や公衆衛生問題の一つに過ぎないと主張したり、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の存在自体を疑問視したり、存在したとしても、それが感染性のウイルスなのか、エイズの原因となる決定的な因子なのかを疑ったり、性交渉とこの病の感染には関わりがないかのような主張をしたり、抗レトロウイルス薬の有効性を認めないばかりでなく、その毒性を強調し、ARV自体が有害ですらあるかのように人々に印象付けようとしたり、これらの薬剤の代わりに、栄養療法やアフリカの伝統的医術を用いることを奨励したり、そして欧米の科学界が唱えているエイズの原因論、予防、治療に関する考え方を、アパルトヘイト体制を支えていた人種差別的考えにたとえたり、といった形で」と述べています。
 そして、「南アフリカでは、HIV/エイズの悪化が深刻化していたが、MSFのような人道医療団体には、このような政治的・社会経済的状況を改善する国際的権限も能力もなかった」と述べています。
 第10章「モスクワホームレスとストリートチルドレンに手を差し伸べる」では、「ソ連崩壊後の1991年に、MSFベルギーは、そのモスクワ事務局の周辺に人道的危機が存在していることを知った。モスクワで、非常に多くのホームレスの人々が、外来診療を受けられず、医療現場から完全に閉めだされていたのである」と述べています。
 そして、「MSFは、ホームレスの問題に対するアプローチは、純粋に学的なものだけでは不十分であると考えた。MSFが援助している人々を社会に復帰させるためには、社会的援助が必要となる。そのため、MSFは、チームにソーシャルワーカーを参加させた。彼らの役割は、ホームレスの人々に、居住権や年金の権利について教え、食料や衣服の調達を助け、そして何よりも、彼らが身分証明書や国内パスポートを取得できるようにサポートすることだった」と述べています。
 また、「モスクワにおける成人のホームレスのためのプロジェクトも、ストリートチルドレンのためのプロジェクトも、それを立ち上げ、それに参加した人々によれば、その成果を評価することは非常に難しい。なぜなら、目に見える形での好ましい結果は確かに出ているが、それに反して、ロシアにおけるホームレスに関わる問題は根深く、喜ぶ気には到底なれないような状況が続いているからである」と述べています。
 第11章「シベリアの刑事施設で結核に取り組む」では、「過密状態で、換気がわるく、不衛生なロシアの刑事施設で、この病気はもっとも猛威をふるった。不衛生な衣服をまとった、栄養不良の囚人たちは、ロシアでこの時期に新たに感染した結核患者の、実に3分の1を占めていた」と述べた上で、「MSFの『外国人医師たち』は研究している薬剤の人体実験を行うためにこの収容所にやってきたのではないか、という疑いが、当初、囚人たちのあいだに広まっていた」と述べています。
 そして、「MSFベルギーの、ロシア連邦の刑事施設における結核プロジェクトに見られたいくつかのパターンは、MSFが行なったその他の人道的プロジェクトにも、繰り返し見られる。たとえばMSFは『政治的中立を守る』という理念にも拘わらず、しばしば地元や国家の政治権力と戦わなければならなかった」とする一方で、「ロシアにおける活動のパターンには、MSFの他のプロジェクトとは異なる、独自の側面もいくつか見られた。その一つは、非常に複雑な社会構造のかせに絡め取られたことである」と述べるとともに、「MSFベルギーがシベリアにおけるプロジェクトを中止した理由も、通常MSFが活動を中止する場合を明らかに異なっていた」として、「MSFベルギーのケメロヴァ州からの撤退は、決定的なものであった」と述べています。
 終章「過去を思い起こし、将来を思い描く」では、「MSFは、『運動』としての精神を失わない。何度でも何度でもその理想をくり返し呼び起こし、過度な組織化を避けようとする」と述べています。
 本書は、誰もがその名前を聞いたことのある世界的組織の実態と精神を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「国境なき医師団」の名前は多くの人が知っていますが、それがどういう理念で作られた組織で、どんな活動をしているのかを具体的に知っている人は少ないのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・世界の医療現場を知りたい人。


2016年1月 6日 (水)

社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門

■ 書籍情報

社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門   【社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門】(#2499)

  駒崎 弘樹
  価格: ¥886 (税込)
  PHP研究所(2015/12/16)

 本書は、「いまではNPOや社会問題を解決する事業(以下、ソーシャルビジネス)に対する関心は高まり、社会的ステージも上がった」として、社会起業家の第一世代と呼ばれる著者が「経験した様々なことを詰め込み、日本で類例のない、NPO/ソーシャルビジネスの企業と経営に関する実践的なノウハウ」を公開するものです。
 序章「なぜ、いまソーシャルビジネスなのか?」では、「人びとの社会への参加や、新たに『公共』をつくっていくための、受け皿のひとつとなり得るのが、NPOであり、何らかの『仕事』によって社会課題を解決するソーシャルビジネスである」と述べています。
 第1章「ソーシャルビジネスを始める前に考えておくべきこと」では、「社会問題に対し、『なぜ』を繰り返し、その『構造』を把握すること」で、「ここを押せば問題が解決できるかも」という「スイッチ」が得られ、そのスイッチを軸にして、仮説として、「こういうソーシャルビジネスをつくってみてはどうか」を考えていけばよいと述べた上で、
・「可能である」ことをベースに仮説を立てる。
・もし「よく分からない」要素が出てきたら、ヒアリングや書籍、現場に入る等の方法で検証する。
・「こうすれば」に対して反証できる要素が出てきたら、「では、どうすれば可能か」を繰り返し、代替案を考え、繰り返す。
としています。
 第2章「ソーシャルビジネスの『仕組みづくり』(事業プラン)をどうするか」では、「NPO等の行うソーシャルビジネスが通常の企業のマネタイズと最も異なる点」として、「モノやサービスの受け手(『受益者』という)からお金がもらえないことが多い」ことを挙げた上で、「ソーシャルビジネスで考え得る、いくつかのお金を生み出す仕組み」として、「縦軸にモノやサービスの受け手の支払い能力(payability) をとり、横軸にそのビジネスがどれだけ共感され、寄付を得やすいかという共感可能性(sympathizability)」をとった「マネタイズ・マトリックス」を示しています。
 そして、寄付マーケティングが持つ「企業とは異なる強み」として、マスメディアやSNSに「その社会性ゆえに取り上げてもらいやすい」という「広報力」を挙げています。
 また、「ビジネスモデル(利益を生み出すための事業の仕組み)を考える作業」には、「絵」にすることが欠かせないとして、「四角や丸でプレーヤーを列挙して、矢印で誰が誰に何を提供するのかを描く」と述べた上で、「駒崎式・事業計画書」として、
・どんな人を助けたいのか?[ターゲット]
・助けを必要としている人は、どれくらいいるのか?[市場規模]
・どのような仕組みで助けるのか?[モデル]
・お金は誰が払うのか? 助けたい人から、いくらもらうのか?[マネタイズ]
・ほかに、似たような事業を行う人や団体は存在するのか?[競合]
・上記の人や団体と、自分たちとの違いは?[差別化]
・どういう組織にするのか?[組織デザイン]
・今後、どのようにして広がっていくのか?[スケールアウト]
の7点を挙げています。
 さらに、適切な価格を出していく方法として、「利用する見込みのある人を対象に、価格の高い・低いについての感情を調査し、そこから適切な価格を導いていく方法」である「価格感度測定法」を挙げています。
 第3章「さあ、ソーシャルビジネスを始動させよう」では、まずは、「ミニチュア(縮小)版」でりあるにやってみるという「テストを繰り返しながらモノ・サービスの完成形(最終プロジェクト)を作っていく手法」である「リーンスタートアップ」について、「資金の少ないNPOやソーシャルビジネスにとっても非常に有効な方法」だと述べ、「テストは、本番前の『学び』の時間。体験を重ね、利用見込者たちの意見をどんどんヒアリングし、実際にソーシャルビジネスとして成り立つ形になるように試行錯誤していく」としています。
 そして、「事業を回していく資金を集めることは、どの企業においても容易ではない」が、「確固とした『パーソナルWHY』があり、それをきちんとストーリーにして人に語り続けていけば、お金は不思議と集まる。ある程度は」と述べています。
 また、「初期の段階では、基本的には固定費を最小限に」するために、「たちあげをボランティアで手伝ってくれる人を募り、ボランタリーチーム(ボランティアの人達で構成されたチーム)」をつくる「スタートアップ・ボランティア」の活用として、
(1)学生インターン
(2)プロボノ(職業上持っている知識や経験を活かして、ボランティアで社会貢献を行う人)
の2種類を挙げています。 
 さらに、あちあげ期のボランティアマネジメントにおいて、コミュニケーションとともに重要な点として、チームが回り続けるための「仕組み化」を挙げ、「経営者は彼らが入れ替わることを前提に、それでもチームが回っていくように仕組み化していく必要がある」と述べています。
 また、オフィスについては、「仕事はスターバックでやれ!」は極論としながらも、「お金をあまりかけずに、自分にとってテンションが上がる場所をオフィスに選ぼう」と述べています。
 第4章「準備は整った。大海へ漕ぎ出そう!」では、ようやく実際のサービスがスタートできる「サービスイン」段階には、「知ってもらうこと」が必要となり、そのための大きな武器となる「プレスリリース」について、
(1)関係省庁の記者室
(2)都道府県庁の記者室
(3)地方新聞に直接連絡
の3つのルートを挙げた上で、「新聞掲載された事実をウェブページに掲載したり、紙のパンフレットに記事の一部を載せたり、『掲載記事集』をつくってパンフレットに一緒に挟みこんだりなどして、取材実績を見える形にしておく」ことで、「自分たちへの信頼をアーカイブ(記録し蓄積すること)できる」と述べています。
 そして、「顧客の満足度をできるだけ正確につかみ、それをもとに、顧客にもっと満足してもらえる現場を整えていく」ために、「あなたは、このサービスを友人にすすめますか?」という質問に対する0~10の十一段階の評価を、
・10~9:推奨者
・8~7:中立者
・6~0:批判者
の3つのグループに分ける「ネットプロモーター・スコア」(NPS)の活用をすすめています。
 また、改善にあたっておこなう点として、
(1)現場が日常的に行なっている仕事の仕方や制度を改定していくこと。
(2)不満の感想をもらった個々のスタッフレベルで改善を促していくこと。
の2点を挙げています。
 さらに、「経営者の独断と偏見で採用していた初期の頃と異なり、複数の人間が採用に関わるとなると、やはり組織の中に『採用の仕組み』をつくっていかなければならない」としています。
 そして、NPSの指標をスタッフの満足度調査に応用した「eNPS」について、「フローレンスでも結果は目を覆いたくなるようなものだった」が、「とりあえずできそうなことから、どんどん手をつけていけば良い」として、「『ちょっとずつだけど、よくなっている』という感触が職場の中に生まれてくることで、まだ大幅にはよくなっていなかったとしても、希望が持てるようになっていく」と述べています。
 第5章「事業を大きくし、より大きな社会変革を目指す」では、「自分たちが追求するテーマで社会をよくすることにどれだけ貢献できるか」を優先する点が、ソーシャルビジネスが一般企業とは大きく異る点だとして、「自分たちのモデルやノウハウを他の地域や国にリプリケイト(複製)し、より広範囲に困っている人を助けていこう」という「スケールアウト」という「NPOやソーシャルビジネス独特の拡大方法」として、
(1)ブランチ(支社)型
(2)アフィリエイト(ブランド連携)型
(3)ディスセミネーション(種まき)型
の3つの方法を挙げ、「自分たちの『ソーシャル』ビジネスモデルと戦略に鑑みながら、どのタイプのスケールアウトが適しているのかを検討するといいだろう」と述べています。
 第6章「『制度化』という社会変革の方法」では、「自分たちのノウハウをわざと国に『パクらせる』」方法である「政策化」に関して、政治家や官僚の「視察」への心構えとして、
(1)視察に来た政治家や官僚を「敵」とみなさないこと。
(2)紙で資料をきちんと準備しておくこと。
の2点を挙げています。
 そして、「制度化後も、モデルケースを続ける理由」として、
(1)「お手本」の重要性
(2)制度は生き物だということ
(3)パイオニアとして業界リーダーとなり、その業界の健全性を保つ必要
の3点を挙げ、「制度化後は、自らで生み出した業界を、今度は育てていく役回りが重要だろう」と述べています。
 また、「社会企業のトラブルあるある」では、
(1)こちらの夢を殺いでいく「ドリームキラー」の意見の中にも1~2割ほど役に立つものがある。
(2)初期メンバーが辞める際にもなるべく温かく送り出す。
(3)「困っている人たち」のために「個人商店」を脱する。
などの点を挙げています。
 本書は、ソーシャルビジネスを開拓してきた本人による生のノウハウと苦労の跡が詰まった一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の元になっている読売新聞の連載を読んだことのある人もいるかもしれませんが、社会を変える原動力は(もしかしらた根拠がないかもしれない)「社会を変えることができる」という自信です。この辺りは「できると思うからできる」という自己成就予言的な部分があるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・社会を変えられたらいいのになと思う人。


2015年6月29日 (月)

震災復興と地域産業 6: 復興を支えるNPO、社会企業家

■ 書籍情報

震災復興と地域産業 6: 復興を支えるNPO、社会企業家   【震災復興と地域産業 6: 復興を支えるNPO、社会企業家】(#2444)

  関 満博 (編集)
  価格: ¥2,700 (税込)
  新評論(2015/2/24)

 本書は、「被災の各地で取り組まれているNPOや社会起業家による地域産業復興支援、さらに、新たな事業創出支援等の取組に注目」し、「被災各地の取り組み」から14のケースを取り上げたものです。
 序章「地域産業復興に向かうNPO、社会起業家」では、「人口減少高齢化が進む日本の地方圏、その問題の構造が被災地において鮮明化されており、その社会課題解決に向けたNPOや社会起業家の取組は、私たちの『未来』を指し示しているようにみえる」として、「継続的な住民支援に加え、事業支援、新規創業支援、新たなNPO、社会起業家の登場ときめの細かい活動、継続支援が求められている」と述べています。
 第2章「クラウドファンディングと信用金庫の挑戦」では、「被災地という非常事態下では、戦後日本の経済成長を支えてきた、金融機関貸出を中心とする金融システムでは企業の資金需要に応えきれない。そこで登場してきたのが既存の金融システムの枠を超えた金融であった」として、「クラウドファンディングのような全国から資金を募る金融機能とこの地域の信頼関係がつながることで、気仙沼に向かう資金の流れを大きくすることもできよう」と述べています。
 第3章「被災事業者に『軽トラ』を貸与、仮設住宅に移動販売」では、「被災地の40を超える商工会地域と商工会議所地域で102台の『軽トラ』が、全国商工会連合会の提供によって移動販売等に従事している。商店街が壊滅し、クルマを失い、高齢化している高台の仮設住宅に居住する人びとにとって、移動販売、宅配は生命線ともなっている」と述べ、「車両を失った事業者にとって、軽トラの提供を時宜を得たものであった。特に、地元のミニスーパーなどの食料品店は、仮設住宅への移動販売の重要性を痛感し、軽トラがそれを支えることになった」としています。
 第4章「岩手県釜石市/活動の拠点化と広がり」では、「震災発生直後の混乱した時期には、多くのボランティアの協力を必要としてきたが、今後の『応急』と『本設』とが入り混じり、長期的な対応が望まれる局面では、多様な知識や経験、技術を有するNPOや社会起業家が、息の長い取組として生活局面や地域づくりなどの支援に加わることが必要となってくる」とした上で、「三陸ひとつなぎ自然学校」(三つな)は、「外とのネットワークを結び、復旧支援活動の輪を広げ、同時に、地域の魅力を再発見する取組などを具体化」する「ハブ空港」の役割を担ってきたと述べています。
 第7章「三陸被災地・内陸・日本海の交流と復興支援」では、「大震災津波の到来が予想されていたためか、東日本の沿岸の都市と内陸の都市がすでに多様な形で災害時支援体制をとり、迅速に対応した」点について、「特に岩手県において明確に意識され展開されていった」として、遠野市における「後方支援拠点施設整備構想」を取り上げ、「岩手県では内陸と沿岸の諸都市が従来から多方面にわたって連携を重ねており、初期の救援、支援物資の提供、住宅の提供等に加え、被災した中小企業の復興支援にも取り組んでいる。むしろ、この震災を契機に内陸と沿岸の都市の交流が深まっているようにみえる」と述べています。
 第8章「岩手県大槌町/復旧・復興を通じて社会課題に向かう」では、「東日本大震災からの復旧・復興を通じて、自らが社会起業家となり、また周りの人々を社会起業家として育てる活動が東北地方を中心に全国に広がった。おらが大槌夢広場もこうした動きと連動しており、数多くの社会起業家を生み出し、彼(彼女)らは新たな舞台で活躍しつつある」と述べています。
 第9章「宮城県女川町/中間支援組織としてアントレプレナーシップを育む」では、中間支援組織「アスヘノキボウ」の小松洋介氏が、「支援先に足りないものは何かを冷静に分析し、パンフレットひとつ作るにも最適なデザイナーとつなぎ、セラミカ工房の魅力が最大限発信できるようにしている。このように、小松氏は大切なことは『正しい人を、正しいタイミングでつなぐこと』という信念のもとで、自身の持つ人的ネットワークを最大限に活かした支援を行っている」と述べています。
 そして、「女川町は行政と民間企業が同じ方向を向いており、風通しが非常に良いことから、支援する側にとっても双方から的確な情報が得られ、地域課題を顕在化しやすい状況にある」と述べています。
 第10章「福島県いわき市/都市部の支援活動との連携による事業展開」では、東日本大震災以降、社会起業家の誕生と前後して、「大企業の被災地支援活動や、専門的な知識を持った『プロボノ』(職業上のスキルを活かしたボランティア活動)」といわれる都市部の人びとの地域支援活動が活発化しているとした上で、「『ボランティア』という言葉では関心を寄せなかったビジネスパーソンが、『プロボノ』という新たな概念により、地域を自身の専門性を活かす場として関心を寄せつつあり、社会貢献活動の酸化層を拡大させている」と述べ、「プロボノ活動では、プロジェクトマネジメント、経営戦略、マーケティングなど大企業での勤務で培われやすい知識・スキルや、ウェブデザイン・制作など中小企業やNPO等が具体的に欲する特定の専門スキルを活かしたものが多い」としています。
 第11章「岩手県大船渡市、大槌町/復興における社会的企業の役割と課題」では、2つのケースの対象は、「働くことに何らかの困難を抱える女性で、寄付や義援金のような被災者に無償でお金を提供するという形ではなく、直接提供するのは労働の機会だけで、現金はあくまでもその対価として支払われる。しかしながら、こうすることによって『自分の力で生活を立て直した』という事実が、その人の自尊心を守ることとなり、誇りを抱いて仕事や生活に当たることができる」と述べています。
 第12章「宮城県石巻市(旧雄勝町)/地域資源の価値を大切に、教育を軸としたまちづくり」では、「被災する前から、多くの沿岸部の人口減少地域は、市場競争原理から見て『条件不利地域』とされてきた。自律的・持続的な事業モデルを構築するには、地域資源の価値の再創造、人材資源、運営ノウハウ、市場の創出、資金調達など、事業者として乗り越えなければならない課題も少なくない」とした上で、「未曾有の人口流出で危機的な局面に追い込まれた雄勝町において、新しいまちづくりの形として」、「Sweet Treat 311」の立花氏は「地域な以外の人びとを巻き込みつつ、まちの活性化へ寄与するモデルを模索し続けた」と述べています。
 終章「復興支援への取組から学ぶ」では、「経験を重ねる中で『初期的支援』から『継続的支援』へ、あるいは『もの』から『仕組み』への支援の重要性が深く認識されてきた。さらに、目にとまりにくい『最後の1マイル』を意識した取り組みも各方面でみられるようになってきた。こうした点が、今回の東日本大震災以後の取り組みの一つの大きな特徴であろう」とした上で、「被災地の復旧、復興に関わる社会課題にビジネスの仕組で解決に向かおうとする『社会起業家』というべき存在が大量に登場してきたことも、東日本大震災以降の新たな特徴であろう」と述べています。
 そして、「今回の被災後の取り組みで目立ったことの一つは、避難所、仮設住宅に閉じこもっている人々に『仕事』を提供すること、被災した事業者に事業意欲を喚起してもらい、新たな事業体への転換を促そうという取り組みが広範に見られた」と述べています。
 著者は、「成熟した日本では、周囲に社会課題を痛感させる環境は乏しく、社会意識を抱く若者がなかなか育っていかない。だが、被災からの復旧、復興の『現場』は鮮烈であり、感受性の豊かな若者に大きな影響を与え、社会課題の解決に向かおうとする若者を育ててくれているのである」と述べています。
 本書は、震災をきっかけに変容を始めている社会変化の兆しを見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 最善の状態ではないにしても現状で何とか回っている社会に新しい仕組みを導入することは抵抗も大きいですが、一度チャラになってしまったシステムには新しい発想でゼロからやり直しがしやすいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・今こそ社会の仕組みを変える時だと思う人。


2015年6月17日 (水)

社会のために働く 未来の仕事とリーダーが生まれる現場

■ 書籍情報

社会のために働く 未来の仕事とリーダーが生まれる現場   【社会のために働く 未来の仕事とリーダーが生まれる現場】(#2432)

  藤沢 烈
  価格: ¥1,512 (税込)
  講談社(2015/3/11)

 本書は、「震災後に生まれた復興コーディネータ集団」である「RCF(Revolutionary Consulting Firm)」の代表である著者が、「東北が今『手を差し伸べるべき大きな被害を受けた場所』から、『新たな価値を想像するチャレンジの場』『社会のために働くことができる場』になりつつあること」を伝えようとするものです。
 序章「経営コンサルタントから復興コーディネーターに」では、阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件をきっかけに、「自分が社会のためにできること」を考える若者たちが集まるベースキャンプとして、大学を休学してバー「狐の木」を経営し、後に社会起業家として活躍する若者たちが、「夜な夜な語り合う店」になったと述べています。
 そして、大学卒業後、マッキンゼーを経て、RCFを創業した著者が、横浜でリスクマネジメントについて講演中に東日本大震災に遭い、「避難所の情報を集めて分析し、そのデータをまとめて外に発信する作業」を行ったことから、復興庁と関わり始め、「いずれこの復興事業は民間に引き継がれるだろう」との思いから、「一般社団法人RCF復興支援チーム」を立ち上げたと述べています。
 また、東日本大震災と阪神・淡路大震災や中越地震との違いとして、「被害の規模が広範囲だったこと」に加え、
・もともと過疎化などの課題が顕著な場所だったこと。
・地域のコミュニティがもろくなっていた場所だったこと。
の2点を「決定的な違い」だと述べています。
 著者は、当初、RCF採用説明会の資料では、「復興プロデューサー」を募集すると案内していたが、あるときから、「被災地の人達が考えるまちづくりに耳を傾け、行政の言葉を翻訳して伝えるサポートをすることに徹するべき」との考えから、その立ち位置を「コーディネーター」煮直したと述べています。
 第1章「被災地で生まれたグーグルの新サービス」では、著者が、「被災地で活動するのではなく、後方支援に徹しようと思った」きっかけとして、「次から次へとリリースされるグーグルの『本業を活かした支援方法』に触発されたから」だと述べています。
 そして、グーグルの社員が熱心に被災地支援に取り組むことができる理由として、「インターネットを、世の中を良くすることに使いたいと考えるグーグルのメンバーにとって、復興支援はまさに関わらない理由がないプロジェクト」だからだと説明しています。
 また、「被災地の人たちから寄せられたメッセージがきっかけで、その後グーグルのグローバルスタンダートになったサービス」として、ストリートビューの「タイムマシン機能」を紹介しています。
 第2章「新しい働き方を想像――グーグルのイノベーション東北」では、「被災地の事業者」と「サポートしたい人」とを結ぶ仕組として、「東北各地の事業者の皆さんが困っていること、事業の課題などを『見える化』して、それをサポートしたいプロボノ(スキルや経験を活かしたボランティア)の方々をつなぐクラウドマッチングプラットフォーム」である「イノベーション東北」について、2014年末までに、314件の事業者と1004人のサポーターが登録し、436件のマッチングが成立していると述べ、その特徴は、「今まで『1対多』であった被災地でのマッチングを、このような『1対1』にしていること」だとしています。
 そして、「グーグルが被災地の産業の課題に向き合ったことで生まれた価値」として、
(1)被災地の中小企業の課題を「見える化」できたこと。
(2)今までなかなか行き届かなかったインターネットのインフラが東北の地に根付き始めたこと。
(3)被災地に「東北以外」の地域のプロボノを巻き込んで産業復興に関わってもらっていること。
の3点を挙げ、「自分が今まで仕事で学んだ能力を活かして都市にいながら地方に貢献したい人たちと、地方の事業者を多数マッチングさせることができれば、地方の新しい活力」になるとして、いつか、全国各地、世界各地に発展していく可能性があり、「世界中で『働き方』の革命が起こるかもしれません」と述べています。
 第3章「社会貢献からの本業活性化――復興応援 キリン絆プロジェクト」では、「行政の役割が不平等をなくして均一なサポートをすることだとしたら、民間企業ができることは、意欲的な事業者と成功事例を作ること。行政がハードの復旧を進め民間企業がソフト支援を行う。キリンは、産業復興の新しい形を生み出しました」と述べています。
 そして、キリンが、「丁寧に地域の課題を拾い上げた支援をするべき」と判断している理由には、「全社的にCSV(共有価値の創出=Creating Shared Value)の考え方が根付いていること」があると述べ、「CSVの解釈と実践は、今まで2つの軸に偏ることが多かった」として、
(1)ボランティアや寄付という、それまでのCSR的発想に拠った社会貢献でとどまっているケース
(2)「本業への還元」がフィーチャーされすぎてビジネスに拠っているケース
の2点を挙げ、「キリンの取り組みの特徴は、助成金支援にとどまらず、プロジェクトの形成やフォローまで実施していること」だと述べています。
 第4章「合言葉は課題解決エンジン――ヤフー石巻復興ベース」では、ヤフーが、「震災後、被災地に根をはり活動」しているとして、復興事業の拠点として、「ヤフー石巻復興ベース」を立ち上げ、専任のスタッフを送っているとした上で、ヤフーの宮坂社長は、「被災地での活動はCSRでもボランティアでも宣伝でもない。課題解決をミッションとするヤフーの本業だ」と言い切り、「インターネット業界大手のヤフーが黒字化できなければ、他の企業も東北でのビジネスは無理だと思ってしまう。東北にたくさんの企業が投資しようと思うためにも、ヤフーが事業を成功させることが重要だ」と語っていることを紹介しています。
 第5章「社会起点マーケティングで『ルールメイカー』になる」では、ヤマト運輸の木川社長が、「ヤマトは物を運ぶ会社ではなく、心を運ぶ会社です」というように、「この震災をきっかけに、企業の持つ社会的使命を再確認した会社は多かったように」感じるとした上で、「震災を機に、ヤマトの中長期計画に『地域の高齢化社会を支える』という言葉が謳われる」ようになったとして、ヤマトが宅配便の業界に、「宅配業者は荷物を配達するのではなく、地域を支えるインフラのひとつになる」という新しいルールを生み出し、「再び、他の企業の追随を許さない業界の『ルールメイカー』になるのではないか」と述べています。
 第6章「官民NPO連携の可能性――釜石市・UBS・RCF三者共同宣言」では、「震災が起きたことにより、行政、民間企業、NPOは否応なく変化を迫られた」として、行政は、「企業やNPOと連携する必要性が生まれ、閉じた行政から開かれた行政」になり、企業は、「社会を作る一員であることを強く意識させられ」、NPOは、「非営利組織といえども、プロとして企業や行政に求められるのと同等の目標設定や検証、マネジメントが求められている」と述べています。
 第7章「セクターを超えて働く」では、NPO団体のETIC.が、「震災直後から『右腕プログラム』をスタートし、東北で被災した経営者の右腕として活動する人材を送り続け」、日本財団は、「WORKING FOR 東北」というプロジェクトを立ち上げ、「地域で活動する人材のマッチングを進めて」いると述べ、「被災地は今、支援するべき場所から、チャレンジしがいのある働き場所に変わって」いると述べています。
 また、「RCFスタッフが被災地に常駐して初めてわかったこと」として、復興計画が進まない時には、「住民と行政の間に対立があるのではなく、住民間の対立が課題になっている場合が多い」と述べています。
 そして、復興庁の統括官である岡本全勝氏について、2012年の正月明けに岡本氏に40分間のプレゼンの機会をもらったが、「10分でポイントを押さえて話してくれる?」と言われ、用意した資料を捨てて自分の言葉で「被災地には官民NPOをつないでプロジェクトを進めるコーディネーターが必要だ」と伝えたと述べています。
 鼎談「小泉進次郎・須田善明・藤沢烈――戦争を知らない世代にとっての復興と地方創生」では、支援企業が、「具体的に支援可能な内容のリスト」を作成してくれると、自治体は提携しやすいとして、「自治体や住民のニーズを汲みとった提案をするためにも、コーディネーターの仕事が重要だ」と述べています。
 本書は、被災地と東京、そして世界をつなぐ「コーディネーター」のしごとを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 社会のためにビジネスのイノベーションを応用しようとしても、既存のシステムがそこそこ回っているところに入り込むことは難しいことが多い中、既存のシステムが一旦壊れてしまった災害時にはイノベーションが入り込みやすいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・社会のイノベーションを起こしたい人。


2015年6月 8日 (月)

東日本大震災と地域産業復興 II: 2011.10.1~2012.8.31 立ち上がる「まち」の現場から

■ 書籍情報

東日本大震災と地域産業復興 II: 2011.10.1~2012.8.31 立ち上がる「まち」の現場から   【東日本大震災と地域産業復興 II: 2011.10.1~2012.8.31 立ち上がる「まち」の現場から】(#2423)

  関 満博
  価格: ¥4104 (税込)
  新評論(2012/10/15)

 本書は、震災からの半年を追った前作に続き、その後の1年間の被災地の地域産業と中小企業の「現場」を振り返ったものです。
 序章「被災地の地域産業・中小企業の復旧・復興――震災後一年半の現状と課題」では、「一年半がたち、これから新たな地域(まち)が形成されていく。その地域が活力に溢れ、クラス人びととを豊かにしていく事業が多方面に展開されていくことが期待される。雇用の場の創出、魅力的な産品の算出、他の地域から人びとが訪れる地域的な環境・雰囲気づくりなどが必要となろう」と述べています。
 第1章「岩手県大槌町/地域産業の復活に向かう三陸の小さな町――壊滅したまちに『ともしび』が点き始めている」では、「2011年末の頃から、国道沿いのあたりに仮設の飲食業、歯科診療所、仏具店、寺院、さらに農産物直売所、仮設の商店街などが再開され始めている」とした上で、「当面する課題としては、地域の人口減少への対策、そして従業員不足が指摘されていた」と述べています。
 そして、「首都圏の有力なモノづくり系企業で北東北に進出しているところは少なくない」が、「その多くは湾岸から少し奥に入った高台に立地していたため、津波を避ける事ができた」としています。
 また、「産業復旧・復興との関連で、今回の被災と復旧の過程で明らかになったこと」として、
(1)小売商店、飲食等のサービス業が、地域にとっては、このような業態の事業が広がっていかなければ生活もできず、その多くはこれまで、「シャッター商店街」等と言われ、自身を失っていたが、被災後に開かれた仮設店舗の「福幸きらり商店街」の取り組みは、関係者に以外な思いをさせたようである。
(2)被災地ではNPO法人などによる多様なコミュニティビジネスが開始され、それらは幅広い雇用の場を生み出し、地域の「自立」にもつながるであろう。
の2点を挙げています。
 第2章「岩手県大船渡市/粛々と復旧・復興に向かう――浸水域で再開、さらに仮設施設を展開」では、「大船渡の漁業、水産加工業はかなりのスピードで復旧に向かっている。特に、湾岸に展開していた水産加工業の場合でも津波被害が工場の躯体に対して破壊的でなかった場合も多く、そのような企業は早めに再開している。この辺りは火災で消失し、地盤沈下の激しい気仙沼や、あるいは津波で工場が流失した都、山田、大槌、釜石あたりとはかなり事情が異なるようである」としながらも、当面の課題として、「特に家族ごと遠くに避難している人が多く、年配の女性従業員が集まらないこと」を挙げています。
 第3章「青森県八戸市/湾岸立地の工場が津波被災――立ち上がった中小企業の次の課題」では、「少子高齢化を迎えている現在、水産加工品はむしろ成長部門のようにみえる」として、
(1)少子化に伴い、学校給食はセンター化が進んでおり、加工済み調理品が求められている。
(2)家庭でも加工済みの美味しい魚料理の市場は広がっている。
(3)経済的余裕のある高齢層は魚料理を食したいのだが、自分で料理できなくなっている。
の3点を挙げています。
 第4章「福島県浪江町/原発災害からの復興に向かう中小企業――商工業者の取り組み」では、原発から6キロ地点の請戸に立地していた鈴木酒造商店は、全国でも「最も海に近い蔵」として知られていたが、「津波ですべてを流され、その後は放射能で立ち入ることもできなくなってしまった」にも関わらず、「震災時、たまたま酵母を工業試験場に研究用として預けてあった」ことから再開を決意し、「最終的に山形県長井市の東洋酒造に居抜きで入り、新たな一歩を踏み出している」と述べています。
 第5章「福島県浪江町/原発災害地域の若手経営者・後援者たちの取り組み――青年会議所、商工会青年部の人びと」では、「浪江町商工会青年部のメンバーは20人ほど。うち、焼きそばの活動に参加しているメンバーは10人ほど。皆各地に避難しているため、近隣の人が多い。イベントごとに少なくとも4~5人は参加する。交流の深い八王子の未来塾のメンバーも時々応援に来てくれる」と述べています。
 第6章「福島県いわき市/仮設工業団地で再開する警戒区域内中小企業――双葉郡企業を受け入れる」では、いわき市が、「第一原発から30~50キロ圏にあることから、警戒区域の人びとの避難先となり、さらに第一原発対応の前線としての位置にもある」ため、「いわき市には警戒区域から避難してきた人々のための仮設住宅、仮設工業団地、第一原発対応の事業所などが幅広く展開している。今後フクシマの問題に対応していく際の拠点的な意味を帯びてきたといえる」と述べています。
 そして、今回の東日本大震災に関して、「かつての大災害時に比べ、いくつかの興味深い政策的な措置が取られることになった」として、「津波被災等に直面し事業用施設を失った事業者の場合、従前の状態に戻していくためには大きな投資額が必要になり、二重ローンが懸念された。多くの事業主たちは、被災当初、再建を絶望視していた」が、国は、
(1)グループ補助金:中小企業等のグループの復興事業計画が認定された場合、事業費の2分の1(国)、4分の1(県)を合わせた計4分の3を補助するもの。
(2)仮設施設整備事業:市町村から貸与を受けた用地に中小企業基盤整備機構が仮設施設を整備し、市町村に一括貸与。一定期間後、市町村に無償で移管される。
という2つの画期的な制度を用意したと述べています。
 そして、「福島第一原発の事故により避難を余儀なくされている相双地域の事業者の場合、岩手県や宮城県の津波被災者と異なり、当面は国と東京電力から休業補償が出ている」ため、「仕事をしないほうがよい」とする意見も根強いが、「製造業の場合、納入を中断させるとその後に事業を再開しても他者に転注されていることも多く、仕事が戻ってこない場合が少なくない。一方、現場仕事中心の建設業、運輸業などは、瓦礫処理などの仕事が大量に出てくるため再開が早い。あるいは小売業、サービス業などの場合は、馴染みの客がいなくなり、再開を躊躇する場合が少なくない。このように、事業者と行っても業種や形態により置かれている立場は異なる」と述べています。
 第7章「モノづくり系中小企業の復旧・復興――国内生産拠点、地元の雇用の受け皿」では、「機械設備が被災し、海水に浸かってしまった」が、「商工会議所を通じてワイヤーカット放電加工機、プロファイルグラインダー、射出成形機(40トン)、研磨機などを無償譲渡してもらった」事例について、「今回の被災に対し、商工会議所は全国の会員に声をかけ、不要な機械を集めて被災企業に譲渡していったのである」と述べています。
 そして、「被災した中小企業の中には、従前地で再開に踏み出すところも少なくない」理由として、「とりわけ海水等を使用する水産加工企業の多くは、被災した場所で再開を目指す傾向にある」一方で、「モノづくり系中小企業の場合も、ユーザーから『被災した場所で再開するならば、仕事を出さない』といわれることもある。さらに、『第一原発から20キロ圏内では再開しないで欲しい』といわれることもある」と述べた上で、「モノづくり系中小企業は苦渋の選択を迫られている」として、
・なかなか適地が見つからないこと。
・早く再開しないと仕事をライバルに奪われてしまうこと。
・遠隔地で再開すると従業員がついてこれないこと。
などの理由から、「従前地で果敢に再開に踏み出している企業も少なくない」としています。
 著者は、「本章で取り上げた中小企業の場合、いずれも早期の復活を願っていたが、その根底には事業の継続を通じて地域の雇用を守ろうとする必死の思いが横たわっていた」と述べています。
 第8章「宮城県大崎市/内陸被災地域の新たな産業展開――被災後のモノづくり産業と食品産業」では、「これまで東北農村の女性は、家事、育児、農業、パートタイマー、老親の介護と休む暇もなかった。それが大規模専業化や集落営農化によって、農作業から解放された女性が野菜栽培、直売、加工品の生産、レストラン経営など、新たな取組に踏み込んでいくことが少なくない。いわばこれからの農業は、集落ほどの単位での『複合経営』が可能になっていく」として、「農業でも幅の広い展開が可能になってきたのである。それは付加価値を高め、若者の関心も呼ぶ『複合経営』『六次産業化』ということができる。人びとの知恵と工夫により、新たな『価値』が生み出されてきているのであろう」と述べています。
 本書は、震災から一年半後までの中小企業や農水産事業者の復興の動きを追った一冊です。


■ 個人的な視点から

 震災後でも、強み(漁場と加工施設の集積)と消費者ニーズ(少子高齢化)に対応して立ち直ろうとする水産加工業の力強さを感じました。
 グループ補助金も画期的な仕組みだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・東北の産業のたくましさを見たい人。


2015年6月 7日 (日)

東日本大震災と地域産業復興 Ⅰ: 2011.3.11~10.1 人びとの「現場」から

■ 書籍情報

東日本大震災と地域産業復興 Ⅰ: 2011.3.11~10.1 人びとの「現場」から   【東日本大震災と地域産業復興 Ⅰ: 2011.3.11~10.1 人びとの「現場」から】(#2422)

  関 満博
  価格: ¥3,024 (税込)
  新評論(2011/12/8)

 本書は、「東北地方の中でも条件不利地域の典型であり、感染の東北新幹線、東北自動車道からは相当に離れていた」三陸の沿岸地域の被災地を震災以来半年間訪問し、「地域産業、中小企業の復旧・復興」に携わる、中小企業、焦点、飲食店の経営者や漁師、商工会議所、漁協、自治体の産業振興担当者らと対話を重ねてきた記録です。
 第1章「岩手県釜石市で被災する」では、2011年3月11日に釜石市中心部のホテルにいた著者が、父親から教えられてきた「津波ほど怖いものはない」という言葉を思い出し、高台に避難し、避難した病院で、食べ物も飲み物もなく、毛布代わりのカーテンにくるまって一夜を過ごした体験が語られています。
 第2章「岩手県沿岸地域の産業復興の課題――持続可能な私たちの『未来』に向けて」では、「現在でこそ、新幹線と東北自動車道が貫通する岩手県内陸の北上川流域は、半導体、自動車を中心とする工業集積地として知られるが、それ以前、岩手県は『日本のチベット』『工業過疎』と言われ続けていた」とした上で、三陸沿岸地域の津波被害について、「各地域とも湾内の養殖施設は全滅、港湾施設、漁船も壊滅、湾岸の水産加工工場、船舶修理等の鉄工所も流出、そして、比較的新しい誘致工場は維持されたということになりそうである。このような構図を前提に、地域産業の復旧・復興を進めていかなければならない」と述べています。
 第4章「被災地域の中小企業の復興策――岩手県宮古市と福島県浪江町にみる」では、「当面の中小企業復興の最大のテーマは、津波により流失し壊滅的な状況になっている岩手県から宮城県北部の水産関連産業の復興」であり、「もう一つは、放射能汚染によって避難を余儀なくされている福島県の原発周辺地域の雇用創出、産業復興であろう」と述べています。
 そして、「この十数年、人口減少、高齢化の進む条件不利の中山間地域を見ていると、規模は小さくても社会と関わる仕事が人々に勇気を与えていることがわかる。特に、年配の女性たちが活き活きと活躍している。また、人びとの望むのは生活用品を販売し交流できる『コンビニと飲食店』であり、人が訪れてくれることが何よりとされている」と述べています。
 第5章「岩手県宮古市/復興に向かう三陸水産業コンプレックス――漁業、漁協、加工業の取組」では、「基幹産業の水産業の復旧・復興の道筋は、まずは人びとが元の暮らしを取り戻すこと、自立の意識を高めていくことであろう」とした上で、「この難局を乗り越えた彼方には、すべてが拡大基調であった『20世紀後半型経済発展モデル』とは異質な、新たな地域産業としての水産業の世界が広がっていくのである」と述べています。
 第6章「宮城県気仙沼市/東北を代表する水産業都市の復興――地震、津波、火災、地盤沈下の中で」では、気仙沼に形成されていた「水産業コンプレックス(複合体)」について、「その大半が津波と火災により流失、消失してしまった。さらに、復旧・復興に向かう現在、地震によって沿岸の地域は地盤沈下したために、まず地盤の嵩上げから手をつけていかなくてはならない。マイナスからの出発ということになる」と述べています。
 そして、気仙沼の復旧・復興にとって、「特に、製氷施設、冷蔵・冷凍庫、水産加工部門が立ち上がらない限り、漁船も十分には入ってこない。先に指摘した気仙沼の水産業コンプレックスは壮大なものであり、どの部門が欠けてもうまく動かない。特に、気仙沼の場合、圧倒的な水産業都市であることから、この部門の早期の復活なくして雇用も生まれず、街も活性化しない」と述べています。
 第7章「岩手県釜石市~大船渡市/漁村・漁協と水産加工業の復興――豊かな海と新たな可能性」では、「前浜」で生きる漁協や若者たちと、全国「市場」に向かう水産加工企業について、「これらは同じ水産都市に生き、その固有の諸条件を背負いながらも、向かう方向は異なっているようにみえた」として、「素材」「水産業コンプレックス」「地域的な雰囲気」の3つの要素が、「三陸の水産都市の基本的なプラットホームを形成している」が、向かう方向、ビジネスモデルは、
(1)「素材」にこだわり続けるグループ
(2)「素材」にこだわりながら新たな可能性に踏み込もうとするグループ
の2つに分かれると述べています。
 第8章「宮城県気仙沼市唐桑地区/小規模漁村の被災と復興の課題――カキ養殖の取り組みとオーナー制」では、40年ほど前に、フランスでカキが全滅の危機に瀕した際に、「唐桑の漁協がカキの種を送って復活を支援した」縁で、「今回の被災に対して、フランスのカキ養殖関係者の間で『お返しプロジェクト』という取り組みが行われ、数千万円の資金が集まり、7月8日にブイ、ロープなど11トンの資材が贈られてきた」と述べています。
 第9章「茨城県日立市、ひたちなか市/復興に向かう中小企業――ひたち立志塾と全国ネットワークの支援」では、「今回の中小企業の被災と復旧に関していくつかの可能性と課題が鮮明化した」として、
(1)ひたち立志塾のような中小企業の若手経営者・後継者の地域的な集まりが効果的に働いた。
(2)全国の同様の塾との交流により、視野が広がり、地域への思いもさらに深いものになっていった。
の2点を挙げる一方で、課題として、
(1)「支援受注」「応接受注」の可能性。
(2)長期間充分な操業ができないような場合、従業員の扱いが問題になる。
の2点を挙げています。
 第10章「宮城県気仙沼市/造船業の被災と復興の課題――東日本太平洋側唯一の鋼製漁船製造の地域」では、「気仙沼の造船業は、鉄鋼、船舶電装・無線などの造船関連企業ほぼ50~80社で構成されていることになる。それは東北における鋼製漁船をめぐる最大の造船産業コンプレックスということができる」が、「この震災と津波により、これら造船及び関連産業は大きな被害を受けることになった」と述べています。
 第11章「宮城県気仙沼市/地震、津波と進出企業――復旧・復興にどのように取り組んでいるのか」では、「条件不利の沿岸地域にも、少数ながらも進出企業が来ていないわけではない」として、1950年代、60年代に、「地域資源である三陸の水産資源を求めた進出、あるいは、農山漁村地域の安くて豊富な労働力を求めた進出」を行った工場が、「長い経験を重ねるに従い各社の主力工場となり、そして、大きな雇用の場を提供する地域の基幹的な工場となっていった」と述べています。
 そして、三陸沿岸は一般的には工業系の用地が限られているため、「進出企業の多くは湾岸から離れたやや高台を造成して立地している場合が少なくない」ことから、「近年進出してきたハイテク型のモノづくり系企業の被災は少ない」一方で、「水産の原材料基盤を求めて湾岸に進出してきた場合、あるいは、古くから郊外の比較的海岸に近い場所に進出していた企業は、津波によって大きな被害を受けている」としています。
 第13章「モノづくり中小企業への支援を復興――岩手県の内陸と沿岸の連携」では、岩手県の産業、中小企業の被害について、
(1)北上川流域に広がる中小企業については、地震による被害はあったが、被害は比較的軽微なものであった。
(2)沿岸の水産関連産業・中小企業については、巨大津波により、漁船、養殖施設ばかりでなく、製氷施設、冷蔵庫・冷凍庫、水産加工工場、造船所、鉄工所等の大半を流失させてしまい、その復旧・復興は容易なものではない。
(3)沿岸地域に新たに創出されつつあったハイテク型モノづくり企業群については、比較的高台を造成して立地していたため、大半は津波被災を免れることができた。
の3つに大別しています。
 著者は、「被災地から『新たな価値』の創造を――あとがきに代えて」の中で、「この半年、被災地のこと、人びとの暮らし、被災地の産業、中小企業のことばかりを考えていた。被災地はあまりにも広く、深いため、まだ訪れることができずにいる地域も少なくない。特に津波に寄る農業被害、そして放射能による被害には、まだ触れることすら出来ていない」と述べています。
 本書は、震災直後の被災地の産業と人に焦点を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書はこの後に速いペースで続刊が続いているのですが、いろいろな立場で被災地に関わった人たちが復興についての取り組みを紹介していてスピード感のあるシリーズになっています。


■ どんな人にオススメ?

・震災の後の産業復興の姿を追いたい人。


2015年5月27日 (水)

災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか

■ 書籍情報

災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか   【災害とレジリエンス―ニューオリンズの人々はハリケーン・カトリーナの衝撃をどう乗り越えたのか】(#2411)

  トム・ウッテン (著), 保科京子 (翻訳)
  価格: ¥3,024 (税込)
  明石書店(2014/7/26)

 本書は、ハリケーン・カトリーナの被害からの、「ニューオリンズ復興の物語であると同時に、地域社会の物語」であり、「都会の地域社会に大きな想像力が眠っていること」を教えてくれるものです。
 第2章「無防備な街」では、「カトリーナの接近で多くの人が脱出を余儀なくされたが、その脱出の規模と速さは米国史上類を見ないものだった。8月27日土曜日から8月28日日曜日までの約40時間で、120万人ものルイジアナ州民がハリケーンの進路に当たる各郡を後にした。さrに、ミシシッピ州沿岸地域でも、何十万人者人たちが自宅を離れた」と述べています。
 そして、「この街の特徴である脆弱さは、300年にわたる変化に富んだ開発の歴史を経て形成された。そこには、民族、階級、地形の問題が複雑に絡み合っている。ミシシッピ川は自然にできた土手沿いに土地が盛り上がっており(洪水による被害が最も少ない場所)、定住が始まったのはそこからだ」ったが、「20世紀初頭になると、定住地が川沿いから低地へと進んでいく」とした上で、「ニューオリンズの各地区には街が誕生した当初からはっきりした違いがあり、次第にその特徴が際立っていった」と述べています。
 そして、「クレセント・シティが脆弱なのは地形だけではなかった。ニューオリンズでは住民の28パーセントが、貧困かどうかの判断基準となる貧困線以下の生活を送っていた。この数字は全米平均の3倍以上である。カトリーナが街に向かい進行しているときも、低所得者層はとてつもないリスクを被っていた」として、「カトリーナ接近時にオリンズ郡に残った何万人という住民はかなりの割合がこうした理由を抱えていた人だった」と述べています。
 さらに、「2005年8月、ニューオリンズ市とルイジアナ州と連邦の各政府はこの破壊的なハリケーンがもたらす被害に対して、短期であれ長期であれ、一切の準備を行っていなかった」として、2001年9月11日のテロ攻撃をきっかけに設立された「国土安全保障省」に統合された連邦緊急事態管理庁(FEMA)は「依然として新しい役割を模索している段階にあり、移行はスムーズに進んでいなかった。国土安全保障省の最優先事項はテロ対策であるため、災害対応を責務とするFEMAと同省は対立した」ため、「ハリケーンが牙をむいたそのとき、FEMAはそれまでの同庁の歴史の中で最も衰退していた」上に、「国土安全保障及び非常事態準備ルイジアナ州事務所が6000万ドルに及ぶ連邦政府資金を不正流用したという嫌疑で調査を受けていた」と述べ、さらに、改革を掲げる市長と議会の対立が続く「ニューオリンズには効果的に市を運営する体制が整っておらず、直面する無数の難題や課題に対して適切に対応できなかった」としています。
 第3章「『間借りした家のソファー』」では、「市内に残った人たちの多くは、救援を待つ間、地獄のような状況を経験した。市・州・連邦の各政府は、これほどまで広域な危機的自体に対する備えがなかった。ルイジアナ・スーパードームでは、トイレが溢れ、食糧や飲料水が底をついていたが、藁をもつかむ思いの住民がスタジアムに続々と押し寄せた」と述べ、「市のコンベンションセンターも似たり寄ったりの悲惨な状況だった。ハリケーンのあと、避難拠点に指定されたものの、殺到する避難者の支援を取りまとめる責任者もいなければ、インフラも整っていなかった」としています。
 第4章「『世界すべてが灰色』」では、「市長によるニューオリンズ再生(BNOB)委員会の発表は、同士の復興をとりまく不安の解消にはほとんど役に立たなかった」とした上で、「BNOBの都市計画審議会の報告書に関しては、メディアの取り上げ方も手伝って、世間から猛烈な抗議が上がった。市内はどこでも、市長と市の組織に対する信頼が薄れていた。報告書に、住民の懸念を緩和させるものが何も提示されていなかったのだ」と述べています。
 そして、「このBNOBの報告を受けて、各地区には優れたリーダーが何人も現れた。カトリーナの前からリーダーとして活動していた人もいたが、多くは、今自分がここで立ち上がらなければ他には誰も立ち上がらないだろうと気づいた人たちだ。復興計画作りは、こうしたリーダーたちが直面した数多くの難題の一つに過ぎなかった」として、「住民が地元の復興を望むのなら、住民自身の手で実現するしかなかった」と述べています。
 第7章「レイクビュー『邪魔するな』」では、レイクウッドに住んでいたデニスソーントンという女性が、「夫が携わるスタジアム事業の仲間にバスケットボールチーム、ニューオリンズ・ホーネッツのオーナーがいた」ため、「その人の援助で芝刈り機や草刈り機、高圧洗浄機を購入し、近隣住民に貸し出した。この新しい仕事はあっという間に拡大し、お金も取れるようになり、名称が必要になった」ことから、デニスは「ビーコン・オブ・ホープ(希望の灯)支援センター」の看板を掲げ、この支援センターのシステムが広がり、各地にビーコン・オブ・ホープ支援センターが拡大していったと述べています。
 そして、「どのビーコン・オブ・ホープもあっという間に、なかなか満たされない住民のニーズに対応するコツを習得していった。時の計画に伴い、ビーコンは、まだ地区に戻っていない住民に連絡を取るという一歩踏み込んだ活動も始めた」と述べています。
 また、「レイクビューがゆっくりと復旧していくにつれ、ビーコン・オブ・ホープは主眼を市外に住む住民の再建や支援に広げていった」と述べています。
 第10章「各地区と市全域の都市計画『約束はもらえど、守られず』」では、ニューオリンズ統合計画(UNOP)の計画の方法が、「住民の代表的な意見を幅広く聴くという点で高く評価されていたが、出された計画は期待はずれだった。140億ドルの値札がついた、とてつもなく長いほしいものリストに過ぎなかったからだ」と述べています。
 そして、「地区レベルであれ、市レベルであれ、いかなる計画も結果を出してこそ意味がある。災害復興計画とは、地域社会を喜ばせる復興のビジョンを描けばおしまいではない。そのビジョンを実現するための役割を地域社会に与えることも計画のうちなのだ」と述べています。
 第12章「ビラージ・デ・レスト『皆、つながっている』」では、ベトナム系コミュニティの指導者であるヴィエン神父が、エンタープライズ・コミュニティ・パートナーズという団体の代表と、「計画の実践方法を議論していく中で、地域開発組合(community development corpation)の設立を検討してはどうか」との提案を受け、カトリーナ襲来から8ヶ月足らずの2006年5月に、メアリー・クイーン・オブ・ベトナムCDCが法人化したと述べています。
 そして、「ビレージ・デ・レストはこの3年で目覚ましい進歩を遂げた」として、「この地区が成功したのは強い絆のおかげ」であると述べています。
 第16章「栄誉」では、「残念ながら、カトリーナ以前の状態よりも明らかによい状態になれる可能性がすべての地区にあったわけではない」とした上で、「ニューオリンズの各地区のリーダーたちがおそらく世界中の人達と共有できる、すばらしい気づき」である「暗黙の信条」が「決して、絶対、何があっても、あきらめない」であると述べています。
 本書は、世界中の被災地にとって、諦めないことの大切さを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 カトリーナはアメリカの災害史を変えただけではなく、復興と災害対策の一つのモデルになっているのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ニューオリンズは遠いと思っている人。


2015年5月21日 (木)

災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か:地域再建とレジリエンスの構築

■ 書籍情報

災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か:地域再建とレジリエンスの構築   【災害復興におけるソーシャル・キャピタルの役割とは何か:地域再建とレジリエンスの構築】(#2405)

  D・P・アルドリッチ (著), 石田 祐, 藤澤由和 (翻訳)
  価格: ¥4,320 (税込)
  ミネルヴァ書房(2015/4/30)

本書は、「災害後の復興に社会的資源がどのように影響をあたえるのかを理解するため」、「20世紀に発生した4つの大災害に関する広範な調査を通じて、ソーシャル・ネットワークや人々のつながりが、どのように壊滅的な被害から復興するための原動力となるかについて」探ったものです。
 第1章「ソーシャル・キャピタル――災害復興後におけるその役割」では、「本書では、災害後の復興度合いの差を説明するために、ソーシャル・キャピタルが保つ役割、すなわち、人とのつながりをつじて利用できるネットワークや社会的資源が保つ役割に焦点を当てる。高い水準のソーシャル・キャピタルは、経済的資源や、政府や外部機関からの支援、また損害の低さなどの要因よりも、復興を促進する要因になること、そして被災者がより効果的な地域の再建のために協力し合うことを助長するという点を主張したい」と述べています。
 そして、被災後のレジリエンスの側面として、
(1)個人そして家族の社会心理的な幸福度の回復
(2)組織や制度の再稼働
(3)経済的・商業的なサービスおよび生産の再開
(4)インフラの完全な状態までの回復
(5)公的安寧と政府の運営上の秩序
の5点を挙げています。
 また、「ソーシャル・キャピタルと社会的資源のメカニズムについて」、「より強いソーシャル・キャピタルはネットワークのメンバー間にコンプライアンスや社会参加についての新しい規範を醸成したり、グループ内の人々への情報や知識を提供したり、信頼を築く」ことで、「より高水準のソーシャル・キャピタルを有する地域ほど、地域で掲げる目標の達成を阻みうる集団という障壁を打ち破ることができる」と述べています。
 一方で、新たに判明した知見として、「ソーシャル・キャピタルが常に公共財として機能し、すべての人々に恩恵を与えるものではない」どころか、それは「諸刃の剣」あるいは「二面性を持つ資源として捉えることができる」と述べ、「より強固なソーシャル・ネットワークは被災者の大多数にとって恩恵となるが、それが社会に存在する偏見の上に重ねられたときには、特定のグループ内における社会的な関係によってグループ外の人々の生活再建を遅くしてしまう可能性がある」上、「ソーシャル・キャピタルをあまり多く持たない、社会の周縁部あるいは末端に取り残された人々は、被災後にその恩恵に授かれないばかりか、強固なソーシャル・キャピタルを持つ人々のグループによって害されることすらある」と述べています。
 著者は、「社会経済的状況、人口密度、被害の大きさ、支援料といった一般的によく取り上げられる要因よりも、高い水準のソーシャル・キャピタルが復興の原動力としてより大きな影響を与える」と主張しています。
 第2章「ソーシャル・キャピタル――二面性を持つ復興資源」では、「ガバナンス、経済成長、開発、そして特に強調したい災害復興において不可欠の要素であるソーシャル・キャピタル」について、
(1)学問上の経緯を参照しながらこの用語を定義し、ソーシャル・キャピタルがどのように政策アウトカムに影響しうるかについて明確な説明を行う。
(2)曖昧で捉えにくいこの概念をどのように測定するかについて検討し、ソーシャル・キャピタルが正と負の両面の影響をおよぼすものであることを立証する。
(3)災害復興におけるソーシャル・キャピタルの果たす役割について議論する。
の3点により議論すると述べています。
 そして、パットナムによる、「人々の協調行動を促進することによって社会の効率性を高めることができる信頼、規範、そしてネットワーク」であるとするソーシャル・キャピタルの定義を紹介した上で、ソーシャル・キャピタルの類型として、
(1)結束型:社会における微妙な問題を飛び越えてしまう、コミュニティのメンバー内あるいはメンバー間のまるで同じ家族のような結束。
(2)橋渡し型:民族や人種、宗教といった垣根を超えて、ある集団やネットワークのメンバーとその外部にあるネットワークに属するメンバーとの間に関係を築く。
(3)連結型:社会における明確な権力や形式的な権力、また制度的な権力、もしくは権威勾配を超えて交流する人々の間の信頼関係によるネットワーク。
の3点を挙げています。
 また、ソーシャル・キャピタルが、「集合行動の問題、コモンズの悲劇、そして囚人のジレンマといった問題を克服するのに役立つであろう3つの主要な機能を持っている」として、
(1)ソーシャル・キャピタルは人々の他者の行動に関する期待を形作ることができる。
(2)ソーシャル・ネットワークはネットワークや集団の中にいる人々に対して、取り巻く環境や景気の動向、流行、またその他の様々な重要なこと柄に関する情報や知識を提供する。
(3)ソーシャル・キャピタルが信頼性の程度に関する情報をやりとりすることによって人々の間に信頼関係を築く。
の3点を挙げた上で、「高い水準のソーシャル・キャピタルは、これら3つの因果のメカニズムによって取引費用を下げ、人々の集合行動への参加確率を高め、そして個人間の協力をより一層促すことになる」と述べています。
 さらに、ソーシャル・キャピタルの災害復興への適用について、
(1)ソーシャル・キャピタルはインフォーマルな保険として機能し、情報や資金面での援助や、生活上必要とされる身体的支援を被災者へと提供することができる。
(2)組織化されたコミュニティは市民を活動へと効果的に動員し、集合行動の問題を打ち破ることができる。
(3)ソーシャル・ネットワークはコミュニティから退出することによる大小を大きくし、また住民らが「声」を発信していこうとする可能性を高める働きを持つ。
の3つの働きを挙げています。
 第3章「関東大震災(1923年)」では、「震災の大きな被害(1,000人あたり3人以上の死傷者)を受けた、愛宕や麹町、また築地といった地域の被災後10年間の人口増加の水準は、同程度の被害あるいはより小さな被害を受けた他の地域の水準よりも高くなっている。つまり、これらの地域では元の住民が戻り、また新しい居住者を呼び寄せたと言える」として、「これらの高いレジリエンスを持ったコミュニティが、市民活動への活発な参加という形を通して強い連帯を保持し、人口が減少したゴーストタウンとなるのを食い止めたことを論じたい」と述べています。
 そして、「20世紀初頭の東京における大災害後の人口回復に対して、被害の大きさや物的資本、人的資本、経済資本、そしてソーシャル・キャピタルがどのように関わっていたかということについて」、「検討を行った要因のなかでは、投票率やデモ活動といった市民活動への参加によって測定されたトーシャル・キャピタル指標が、なぜ被災後急速に地域の人口が回復したか、あるいは回復しなかったかという地域差を説明する最も影響力のある要因であった」と述べています。
 また、「地域の体制やソーシャル・キャピタルの保有量に対して、災害が与える短期的な影響の可能性」について、「1923年の関東大震災後には、日本全域で、特に東京で新たな市民グループや町内会などの集合組織が結成され、そこに多くの住民が参加した」として、「コミュニティを基盤とする組織の力が地域のソーシャル・キャピタルを醸成し、蓄えを作っていくという解釈は、近年の研究成果ともうまく噛み合うものである」と述べています。
 第4章「阪神・淡路大震災(1995年)」では、「この地震による被害は神戸市内のほぼ全域に及び、日本における災害史上最大級の経済被害を与えた」が、「被災直後の対応やレジリエンスは、同じ神戸市内でも地域によって大きな違いが存在した」と述べた上で、「阪神・淡路大震災として知られる1995年に発生した巨大地震後の神戸市の9つの国焦点を当て、この研究のために作成した新しいデータセットを使用して、地域レベルで見た災害後の復興スピードの遅速に影響を与えた要因について検証を行う」としています。
 そして、「災害後の復興に影響を与えると考えられる最も一般的な要因を取り上げて分析を行った結果、経済的条件や被害の大きさ、人口密度、貧富の差、あるいは地理的条件よりも、ソーシャル・キャピタルが長期的な観点でもっとも需要な役割を持つことが示された」として、「災害直後の消火活動だけでなく、地域の再建期間における市民による組織作りを含め、地域住民による自己組織化の能力を持つ地域こそが、人口増加という観点から早い復興を成し遂げることができる」と述べています。
 第5章「インド洋大津波(2004年)」では、「甚大な被害となった海岸部の村落の復興測度は地域によって大きな差が見られた」として、「高度の組織化された村や集落」では、「今も残るカースト制度の部族長老会議」である「パンチャヤット」が集団としての「結束型ソーシャル・キャピタル」と入手経路としての「連結型ソーシャル・キャピタル」の両方の役割を果たし、「住民同士を互いに結びつけると同時に、チキ住民の要望や必要な物資を取りまとめて、それらの情報をNGOや政府へと提供する役割を担う」一方で、「寡婦やダリット、またムスリムといった村のネットワークの周縁に位置する人々は、災害の発生によってさらに端へと追いやられ、国内外から流れこむ大量の支援の恩恵を直接的に受け取ることができなかった」と述べ、さらに、「このような組織化されたソーシャル・キャピタルや外部の組織とのつながりを持たない村では、復興は一向に進まない」と述べています。
 そして、「被災した60の村における調査の結果によると、そのうちの16%の村では、ダリットやアウトカースト、また他の非メンバーである約7,800人が、津波による被害を受けているという点から支援を受ける資格を持つと考えられたが、支援の受入窓口であるゲートキーパーの差別的扱いによって支援の一部、あるいは全部を受けられなかったとされている」と述べています。
 また、「発展途上の地域にとっては、また社会経済的な水準が低い人々にとっては、結束型ソーシャル・キャピタルが急場をしのぐための力となるが、外部組織とのつながりという連結型ソーシャル・キャピタルを持たないため、生活再建に困難を伴う」と述べています。
 著者は、「パンチャヤットのように強固な結束型と連結型のソーシャル・キャピタルを持つ組織体は、所属するメンバーの復興スピードを速めるであろうが、組織の外側にいる人々や地域社会の周縁に位置する人々の復興を遅らせる」ことを指摘し、「災害時の復興計画を創る上で政策担当者が取り組むべきであるとして提言できることの一つは、災害後においても住民が持つソーシャル・ネットワークを維持できるようにすること」であるとともに、「排除されているグループを包摂するために、どのようにして結束型と連結型のソーシャル・キャピタルを広げていくかの検討すること」だと述べています。
 第6章「ハリケーン・カトリーナ(2005年)」では、堤防決壊から6年後のニューオーリンズにおいて、ロウワー・ナインス・ワード地区では、「雑草が生い茂り、人の姿は見当たらず、まるで世界の終末語の荒れ果てた姿を描写する映画のカットに出てくるゴーストタウンのような姿のままであった」のに対し、「住民の大部分がベトナム人やベトナム系アメリカ人によって占められている」ビレッジ・デ・レスト地区では、「ハリケーンによる大きな被害を受けており、貧困率もロウワー・ナインス・ワード地区と同程度なのにもかかわらず、災害から2年が経過した時点で人口回復率は90%に達しており、商業施設も営業を再開している」と述べ、「早い復興を実現した地域では、避難の際においても、その後の再建過程においても、地域の活動家が住民同士をつなぐ結束型ソーシャル・キャピタルを維持するための行動をとっている」としています。
 そして、「カトリーナ後の復興に関する最近の研究から、ソーシャル・ネットワークの強さは地域によって異なり、複数のタイプの社会的資源の蓄えを持つ地域は高い復興力を示していることが明らかとなってきた。より正確に言うのであれば、ロウワー・ナインス・ワードのような地区は、強固な結束型ソーシャル・キャピタルを持っていたものの、連結型ソーシャル・キャピタルを十分に持っていなかったために、地区の行政が麻痺している間、外側からの支援を受けることができなかったと考えられる」と述べています。
 また、「ニューオーリンズ政府とFEMAの意思決定者がトレーラーの設置場所を選択する上で、組織化され強い結束を持った地域に対する脅威を深刻に捉えている」と述べ、「研究者の多くは、高い水準のソーシャル・キャピタルと市民社会が、より高い成果と優れたガバナンスへと無条件に繋がっていくと信じているかもしれないが、本書では地元住民が結束して政府の計画に反発するという市民社会の『カウンターウェイト』理論が支持されている」と述べています。
 第7章「国家と市場の狭間で――進むべき方向性」では、「時代背景や文化、政府のガバナンス能力、そして経済発展の度合いが異なるにもかかわらず、4つの事例すべてにおいてより高い水準のソーシャル・キャピタルを持つ地域が、協調した取り組みと結束した活動によって、災害からの効果的で効率的な復興を達成していることが示された」と述べ、そのメカニズムとして、
(1)高い水準のソーシャル・キャピタルは、災害後の状況においてインフォーマルな保険として機能し、地域住民間の相互支援を促進することになる。
(2)密接かつ数多くの社会的なつながりを持つことは、再建を阻むような集合行動の問題に直面した被災者がそれを解決しようとするときに有利に働く。
(3)社会における強固な絆は、被災者が声を上げる土壌を作ったり、地位位を離れる決断をする可能性を低下させたりする機能を持っている。
の3点を挙げています。
 著者は、「ソーシャル・キャピタルは、地域住民が自分たちの市民としての力の有効性を信じており、住民間の相互の信頼や政治への信頼が存在するなどの政治的かつ文化的な環境が整っている場において反映すると考えられる」と述べています。
 本書は、レジリエンスを支える原動力となっているソーシャル・キャピタルの正と負の役割に光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 ソーシャル・キャピタルは普段は目に見えにくくいもので、むしろ煩わしいもの、役に立たないものと捉えている人も多いのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・近所づきあいは煩わしいと思う人。


2012年6月22日 (金)

ゴジラ音楽と緊急地震速報 ~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ

■ 書籍情報

ゴジラ音楽と緊急地震速報 ~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ~   【ゴジラ音楽と緊急地震速報 ~あの警報チャイムに込められた福祉工学のメッセージ~】(#2147)

  筒井 信介 (著), 伊福部 達 (監修)
  価格: ¥1470 (税込)
  ヤマハミュージックメディア(2011/12/22)

 本書は、緊急地震速報のチャイム音をつくった北海道大学名誉教授の伊福部達氏とその叔父に当たる作曲家の伊福部昭氏を軸に、一般には知られていない研究分野である「福祉工学」を紹介している一冊です。
 本書のタイトルになっている緊急地震速報のチャイム音については、「伊福部達教授の叔父で作曲家である伊福部昭氏が作曲した交響曲《シンフォニア・タプカーラ》の、第三楽章『Vivace』の冒頭に当たる和音の部分」を元にして、2007年に伊福部教授がNHKからの依頼で制作したものだと解説しています。
 第1章「ゴジラ音楽と映像音楽四原則」では、伊福部昭氏が映像につける音楽の機能を、
(1)状況の設定:音楽によって映像の時代や状況を説明する手法
(2)エンファシス:感情表現を音楽によって増幅する手法
(3)シークエンスの明確化:ストーリーの流れ(シークエンス)を音楽によって表現する手法
(4)フォトジェニー:ストーリーとは関係なく、映像と音楽によって新たな美的価値を生み出す手法
の4つに分類し、「その原則に則って音楽設計をした」点が、他の映画音楽の作曲家と異なっている点だとしています。
 そして、甥の伊福部達氏が緊急地震速報チャイムの製作依頼を受けた際に、「地震の起きる状況を映画として捉え、チャイム音に映画音楽のようなメッセージ性を持たせたら、速やかに避難行動に移れるのではないか」と考えたことについて、四原則のうちの「(3)シークエンスの明確化」を応用したものだと述べています。
 第2章「聴覚の不思議」では、緊急地震速報チャイムの製作依頼が、福祉工学を専門とする伊福部教授に来た理由について、チャイムの製作が、「音楽と科学の両方の要素を兼ね備えていなくてはならない」ためだと述べています。
 そして、「緊急地震速報チャイムのように『危ない、逃げろ』というメッセージを伝える場合、あまり安定的な美しいメロディーは適さない」が、「あまり怖いメロディーにしてしまうと、恐怖心が強すぎて体がすくんでしまう」ことから、「緊急事態であることを察知して、速やかに避難行動を取れるようなメロディー、これが緊急地震速報チャイムの基本コンセプトとなった」と述べています。
 第5章「チャイム音の製作――課題と検証」では、NHKの会議に招かれた伊福部教授が、緊急地震速報のチャイム音に求められる条件として、
(1)注意を喚起させる音であること
(2)すぐに行動したくなるような音であること
(3)既存音いかなる警報音やチャイム音とも異なること
(4)極度に不快でも快適でもなく、あまり明るくも暗くもないこと
(5)できるだけ多くの聴覚障害者に聴こえること
の5項目を提案したと述べています。
 そして、チャイム音が、「素材である《シンフォニア・タプカーラ》の音楽の要素を、メッセージ性を失わない程度に薄めて、チャイム音としての機能を高める微妙な作業」が必要であったと述べた上で、7種類のチャイム音が製作され、比較実験を行った際には、
(1)緊急性を感じるか
(2)不快感(不安感)を感じるか
(3)どこかで聴いたことがないか(ゲームの効果音や形態の着信音など)
(4)ノイズ環境下で聞き取りやすさはどうか
(5)チャイム音の速さはどうか
の5つの質問を被験者に行ったと述べています。
 第6章「福祉工学が秘める可能性」では、「緊急地震速報チャイムは福祉工学のスピンオフ(派生技術)の産物だが、結果として福祉工学を世に広めるきっかけとなった」とした上で、これをきっかけに、「大震災の危機からいち早く逃れるための警報音の役割を改めて知ってもらい、そしてその背景となる福祉工学に興味をもち、この分野に挑戦してみたいという若者が一人でも増えることを願ってやまない」と述べています。
 本書は、福祉工学という分野の面白さを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 緊急地震速報の和音そのものはいわゆるジミヘンコードそのものでもあるのですが、ギターで実際に弾いてみるとなかなか気持ちが悪いものです。携帯の着信音にしている人は周りの人に迷惑なのでやめたほうがいいと思います。


■ どんな人にオススメ?

・自信とゴジラの怖さを結びつけてしまっている人。


2011年2月 4日 (金)

ソーシャル・イノベーション―営利と非営利を超えて

■ 書籍情報

ソーシャル・イノベーション―営利と非営利を超えて   【ソーシャル・イノベーション―営利と非営利を超えて】(#1975)

  服部 篤子, 武藤 清, 渋澤 健, 比留間雅人, 小林香織, 石井芳明, 金田晃一, 服部 崇
  価格: ¥2520 (税込)
  日本経済評論社(2010/5/26)

 本書は、「真に豊かで平等で持続可能な社会」を作るために、「思想や価値観のレベルまでさかのぼって社会のあり方を変革し、新たな価値を生み出す『ソーシャル・イノベーション』が必要」という問題意識から書かれたものです。
 第1章「市民社会の王道を導く社会起業家」では、社会起業家について、「営利・非営利という境界を問わず、社会が必要とする変革を認知し、問題解決を成し遂げる事業を自ら発案して起こす者」と定義しています。
 そして、「社会問題とか労働問題などのごときは、単に法律の力ばかりを持って解決されるものではない。法の制定はもとよりよいが、法が制定されておるからと云って、一も二もなくそれに裁断を仰ぐということは、なるべくせぬようにしたい。もしそれ富豪も貧民も王道をもって立ち、王道はすなわち人間行為の定規であるという考をもって世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりもはるかに勝ったことと思う」という渋沢栄一の言葉を紹介し、「日本の社会起業家の元祖」と評しています。
 第2章「ソーシャル・イノベーションとその担い手」では、ピーター・ドラッカーが、「イノベーションを技術革新という意味合いを超えて、経営革新や、社会変革など、社会全体に及ぼす影響力」という視点から見ていたことを紹介し、「ソーシャル・イノベーションは、企業、社会双方のセクターが必要としている、経済及び社会を変える概念であることを再認識すべき」と述べています。
 また、「社会起業家」について、ディーズ&アンダースンによる、
(1)社会的な課題を改善するためのミッションを提示し、経済的価値のみならず社会的価値を想像する。
(2)問題が生じたとき、それを機会と捉え、新しい行動を歩み出す。
(3)よりよい成果を実現するために常に学び、改革しようとする。
(4)手持ちの資源は少なくても、臆することなくより良い手段を求めていく。
(5)受益者を満足させ、より良い成果をあげるために説明責任をしっかり果たす。
の5つの特徴を紹介しています。
 第3章「社会起業家を支えるインフラ」では、「社会起業家の登場により、社会事業にもビジネス的なマネジメント手法が求められるようになったのに似て、支援する側のフィランソロピーにもベンチャー・キャピタル的な『投資』マインドと技術が要求されている」と述べています。
 そして、「支援者の育成も社会起業家支援に向けて取り組むべき点である」として、1980年に「非営利組織の成長を支援し、コミュニティの発展を図ること」を目的として創設された米国NFF(Nonprofit Finance Found)を取り上げ、その代表クララ・ミラー氏が、社会起業家の課題として、
(1)いかに社会的リターンや社会的価値を社会にみせていくことができるか。
(2)資金提供者や市場に理解してもらう物差しは何であろうか。
(3)いかに強調して有志をしていくことができるか。
の3点を挙げていることを紹介しています。
 また、今後社会起業家の議論をすすめる上での留意点として、
(1)従来のNPOや中小企業支援とどこが異なるのか。
(2)資金的な視点では、事業の社会性を評価する視点を持つ点。
(3)非営利、営利、政府の各セクターと、領域を越えた人材の流動化を促すこと。
の3点を挙げています。
 第4章「英国と韓国政府の社会的企業支援」では、社会的企業が、政府や自治体に注目されるようになった背景として、
(1)行政改革や自治体の財政難を受けてのスリムで効率的な公的組織の構築の要請(官から民へ)
(2)高齢化、医療福祉、環境、雇用、地域経済などの政策ニーズの複雑化・深刻化
(3)社会的企業の成長による新しい産業分野の拡大による雇用創出への期待
の3点を挙げています。
 第5章「企業によるソーシャル・イノベーションと生活者」では、「企業によるソーシャル・イノベーション」について、「企業活動を通じてもたらされた何らかの変化」であり、「一企業の取組を超え、生活者も巻き込む広がりを持つ変化」であると述べたうえで、その高層の前提として、
(1)生活者はその取組が短期的にでも中長期的にでも自分の利害と一致することを重視する。
(2)生活者にとっての「社会的課題」や「社会的意義」が多分にメディアなどで接する情報に左右されるものであり安定的・累積的なものではない。
(3)企業のソーシャル・イノベーションの意義をどう評価するかは「企業」と「社会」に対する生活者自身の当事者意識にも影響される。
の3点を挙げています。
 本書は、「イノベーション」という言葉をより根源的な意味で問う一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の執筆メンバーは、一緒の勉強会などをお手伝いさせていただいているので、こうやって一冊の本の形でまとまったものを読むと、感慨もひとしおです。ちなみに「ひとしお」ってどういう意味だったかしら?・・・漢字では「一入」と書くようです。


■ どんな人にオススメ?

・社会は誰かが変えてくれると思っている人。

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