詐欺

2014年6月12日 (木)

迷惑メール、返事をしたらこうなった。 詐欺&悪徳商法「実体験」ルポ

■ 書籍情報

迷惑メール、返事をしたらこうなった。 詐欺&悪徳商法「実体験」ルポ   【迷惑メール、返事をしたらこうなった。 詐欺&悪徳商法「実体験」ルポ】(#2331)

  多田文明
  価格: ¥1,296 (税込)
  イースト・プレス(2013/11/29)

 本書は、「みんな興味はあるけれども、その見られない先の世界」である迷惑メールのURLをクリックした先にある出会い系サイトや架空請求などの詐欺や悪徳商法の手口を紹介するものです。
 第1章「『ロト6攻略法』メールに返事をしてみた」では、「業者は録音されるのを嫌がる」理由として、「自分の声が録音されてしまうと、それが犯罪の証拠となり、警察に逮捕される危険性が高くなってしまうから」だと述べています。
 そして、攻略法詐欺の手口として、「抽選発表が行われる前に当選番号がわかる」として、新聞に番号が載る前日の18時45分にはインターネットで抽選会の様子が流されていることを挙げ、「ネットを利用しない高齢者はそれがわからないので、当選番号が当たったと信じこんでしまう」と述べています。
 第4章「『出会い系』メールに返事をしてみた」では、「最初に老婆からメールが来てから数日で突然倒れて危篤」になり、「病院に一緒に行きましょう」というメールがいろいろな人から届いた後、老婆が亡くなり「あなたには遺産をもらう権利がある」という話になる「劇場型」ともいうべきメールに、「死に役の老婆役、涙にくれる孫役、遺産を相続した皇帝を名乗る第三者、病院に見舞いに行く人たちなど、さまざまな役どころを演じて私からの連絡を取りつけようとする」と述べています。
 第5章「『架空請求』メールに返事をしてみた」では、「以前の架空請求はハガキなどで送られてくるケースが多かったが、いまやネットの利用者の増加にともなって携帯メールやスマホなどを通じて架空請求が送りつけられることも多くなった」ことが、近年の被害の増加につながっていると述べています。
 そして、「架空請求では『利用料金の未納分がある』という口実で『不払いの場合は損害賠償を請求する』『裁判を起こす』などの言葉で脅してくる」として、「一度でもお金を支払ってしまうと、繰り返しお金を取られることになってしまう」と述べています。
 第6章「『友達申請』メールに返事をしてみた」では、「以前はSNSサイトから誘い出してすぐに出会い系サイトに誘導するのが一般的だったが、最近は手が込んできて、異性のかわいい(かっこいい)写真を見せ、淡い恋心を抱かせながら何度もメールをさせて、心の距離を近づけたうえで出会い系サイトにアクセスさせるようになってきている」と述べています。
 著者は、「ネット上にはたくさんの『なりすまし』が存在しており、何を信じていいのかわからない状況になっている」とした上で、「あの手この手で届けられる迷惑メールを撃退」するために「なむあみだぶつ」の7つを意識すべきだとして、
・「な」=「なりすまし」の存在を意識してメールを取り扱うこと。
・「む」=「無料」の言葉にはつられない。「矛盾」が見えたらすぐに手を引く。
・「あ」=アクセスしない。安易なアクションを起こさない。
・「み」=見知らぬ人からのメールは即、削除。
・「だ」=題名(タイトル)の魔力に惑わされない。
・「ぶ」=ぶっそうな代物は買わない。手を出さない。
・「つ」=通報する。
の7点を挙げています。
 本書は、日々煩わされる迷惑メールの向う側にある世界を垣間見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 毎日大量に送られてくる迷惑メール。そもそも開かないようにしているので本文を見る機会は少ないのですが、タイトルだけ見るとついつい好奇心で読んでみたくなってしまうものです。そしてURLをクリックしてしまいたくなるものですが、読者に代わって「人柱」になってくれた一冊。結果は意外と当たり前すぎてそれほど面白くはないものでした。やっぱり人から金を巻き上げる仕組み自体はそれほどバリエーションがないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・迷惑メールのURLをついついクリックしちゃいそうな人。


2012年6月11日 (月)

スピリチュアル市場の研究 ―データで読む急拡大マーケットの真実

■ 書籍情報

スピリチュアル市場の研究 ―データで読む急拡大マーケットの真実   【スピリチュアル市場の研究 ―データで読む急拡大マーケットの真実】(#2138)

  有元裕美子
  価格: ¥1,890 (税込)
  東洋経済新報社(2011/4/22)

 本書は、「スピリチュアルや関連ビジネスについては肯定も否定も」せず、「すでにスピリチュアル市場が顕在化しており、かつ、急速に拡大しているという現状から、ビジネスとしてもはや無視できないという立場」からスピリチュアル・ビジネスを解説したものです。
 第1章「スピリチュアルとは?」では、スピリチュアルを宗教や超自然現象に現地せず幅広く捉えるとして、「目に見えず、測定も可視化もできないエネルギーや、それが引き起こす現象の総称」であるとしています。
 そして、日本人が、「スピリチュアルなことのすべてを否定しているわけではないが、かと言って、信じきっているわけではない」とした上で、「スピリチュアル消費には、スピリチュアリティ(霊性)やスピリチュアルな現象を信じることや、スピリチュアル・ビジネスの効果を期待する想像力が前提となる」と述べています。
 第2章「急成長するスピリチュアル・ビジネス」では、スピリチュアル・ビジネスを、「現代科学では説明のできない超越的な作用による精神的満足を訴求するビジネス」と定義した上で、「個々の事業者(施術者)を組織化する動き」が出始めているとして、
(1)コンベンション(展示会)
(2)紹介・斡旋など占い師やヒーラーと利用者の仲介ビジネス
の2点を挙げています。
 そして、「CAM(相補・代替医療)の中でも、合理的な米国人に特に受け入れられやすいもの」として、「理論体系が比較的整備されている中医学の鍼灸や風水」を挙げ、風水が米国において浸透した理由として、
(1)中国の文革時の人材の放出
(2)アジア系住民の人口増大、消費者としての存在感の増大、社会での影響力の増大
(3)風水の認知が進んだ結果、風水鑑定が店舗開発などの経費の一環として企業の会計から支出される
の3点を挙げています。
 第3章「データに見るスピリチュアル・コンシューマー」では、スピリチュアル・ビジネスを利用する際に念頭に置いている悩みとして、商品・サービスによって、
・「恋愛、結婚」が特に多いもの
・「心身の不調、疲れ、エネルギーの乱れの改善」が特に多いもの
に大別できるとして、「人間関係やライフステージ上の決定などについて相談する人が周囲にいない場合、その代替需要が高まる」と述べています。
 そして、「人の目が気になる」ヒトのスピリチュアル・ビジネス利用が多いことから、「スピリチュアル・ビジネスが、高い理想と実際の自分とのギャップを埋めるための手段として用いられている」と述べています。
 また、スピリチュアル・マーケットの消費パターンとして、
(1)御利益期待層
(2)暇つぶし・気晴らし層
(3)恋愛相談層
(4)疲労・不調回復層
(5)精神性重視層
の5つを挙げ、その情報流通チャネルとして、インターネット、口コミ、スピリチュアル系雑誌等を挙げています。
 さらに、スピリチュアル消費につながる需要側の主な要因として、
(1)利用者の性格や精神的要因
(2)利用のきっかけ
(3)それらに影響を与える社会的要因等
の3点を挙げるとともに、供給側の要因として、「スピリチュアル・ビジネスのカジュアル化や、厳しい競争の中から生まれた商品力の高いコンテンツの投入などが、消費をこれまで以上に喚起した」と述べています。
 第4章「スピリチュアル・ビジネスのゆくえ」では、「スピリチュアル・ビジネスには、メカニズムが解明されていない、それゆえにエビデンスがないという根本的な課題があるため、現状では、業界全体の信頼性がまだ高まっておらず、企業がなかなか参入しづらい分野である」ため、「よほどエンターテイメント的な訴求をしないと、企業やブランドのイメージが低下するおそれがある」とともに、「過大な効果を謳って多額の報酬を要求する悪徳業者も問題となっている」と指摘しています。
 本書は、スピリチュアル・ビジネスを比較的冷静に分析した一冊です。


■ 個人的な視点から

 テレビ番組とか電車のドア横の広告とかでお馴染みのスピリチュアルもの。根拠のなさとどういう人が買っているか、という点では『片付けの何とか』などと買っている人は同じなのでしょうが、本書のように、「いかにしてそういうカモからお金を引き出すか」という戦略を立てる上でのデータを提供してくれる本は貴重だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・スピリチュアルにかこつけてお金を稼ぎたい人。


2010年2月27日 (土)

代替医療のトリック

■ 書籍情報

代替医療のトリック   【代替医療のトリック】(#1864)

  サイモン シン, エツァート エルンスト (著), 青木 薫(翻訳)
  価格: ¥2,520 (税込)
  新潮社(2010/01)

 本書は、「通常医療の外部で、近年、多くの患者を惹きつけている飲み薬や塗り薬、錠剤、鍼、指圧などの手技、エネルギー療法について、真実を明らかにすること」を目的としたものです。
 著者は、「さまざまな代替医療――鍼、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法の4つを本文で取り上げ、その他について付録に簡潔にまとめてある――の有効性と安全性を、今日手に入る限りもっとも信頼性の高いデータに基づいて判定しよう」としています。
 第1章「いかにして真実を突き止めるか」では、本書の目的を「代替医療について真実を探りだすこと」であり、「どの療法には効果があり、どれには効果がないのだろうか? どの療法は安全で、どれは危険なのだろう?」と述べた上で、「瀉血」について、「今日、理髪店の看板になっている赤白の縞がらせん状に回転する筒は、床屋がかつて外科医の役割を果たしていた名残だと言われるが、実はこの看板は、床屋が瀉血を担っていたことと関係がある」として、「赤は血液を、白は止血のための包帯を、円柱のてっぺんにある球は真鍮製のヒル盥を、そして円筒それ自体は、血流を増やすために患者に握らせた棒を象徴している」と述べています。
 そして、英国海軍を苦しめた壊血病について、「当時、科学者達はまだビタミンCを発見していなかったので、壊血病を予防するには加工していない果物を食べることが大事だとは知らなかった」として、リンドが、「環境と食事という変数を変えてみることにより、オレンジとレモンが壊血病を治療するための鍵になることを示した」と述べ、「なにより重要なのは、彼の治療によって患者が良くなったことだ。医療においては、治療の有効性を示すことが最優先とされる。基礎となるメカニズムの解明は、のちの研究にゆだねればよい」と述べ、「リンドによる臨床試験の発見が引き金となって起こった改革は、19世紀を通じて徐々に勢いをつけていった。臨床試験は医療を、18世紀の危険な賭けから、20世紀の合理的学問へと変貌させた。私たちがより長く、より健康で、より幸せな人生を送れるようにしてくれた現代医学は、臨床試験のお陰で誕生したのである」としています。
 また、フローレンス・ナイチンゲールについて、「無名といってよい女性だったが、反論の余地のない、信頼性の高いデータで武装することにより、男性優位だった医療界の主流派を相手取った論戦で、辛くも勝利することができた」として、「ナイチンゲールは、《科学的根拠に基づく医療》というアプローチをごく初期に唱え、ヴィクトリア朝の医療を変革した人物と見ることができる」と述べ、彼女が、「看護婦養成学校を設立し、看護学生のための教育課程の教科書を表した近代看護の創始者として知られている」が、「彼女はその生涯を通じ、統計に基礎づけられた衛生改革のために運動した人物でもあった」として、「統計が得意だったお陰で、ナイチンゲールは政府を説得し、一連の医療改革がどれほど重要かをわからせることができた」と述べています。
 著者は、「代替医療は通常医療と同じ病気を治療できると主張しているのだから、科学的根拠を調べれば、その主張の成否を検証することができる。そしてどれかの症状に効果があると判明したなら、その代替医療を通常医療と比較して、部分的または全面的に、通常医療の代わりに利用すべきかどうかを判定すればよい」と述べています。
 第2章「鍼の真実」では、「プラセボ効果」について、「《プラセボ》という言葉は、『私は喜ぶであろう』という意味のラテン語で、チョーサーらの作家は、本心とは裏腹に気休めを言うという意味で用いた」とした上で、重要なのは、「ヘイガースがプラセボ効果はみせかけの治療法だけのものではないことに気づき、本物の薬の効果にも、一役買っていると論じたことだ」と述べています。
 そして、「被験者には、自分の受けている治療が本物なのか偽物なのかわからないようにした」という「ブラインド」という概念を「臨床試験全体に当てはめて、この手続に従った試験を《盲検(ブラインド・テスト)》と言う」ことについて、「もしも患者と医師の療法が、投与されている薬は偽物か、効果の期待される本物の薬かを知らなければ、試験の結果には、どちらの期待も影響しない。このタイプの公正な試験は《二重盲検法(ダブル・ブラインド・テスト)》と呼ばれている」と述べています。
 また、WHOが鍼の有効性を判定するに当たり「2つの大きな過ちを犯した」として、
(1)ずさんな試験を含めて臨床試験から得られた結果はどれも皆考慮に入れたこと。
(2)中国で行われた多数の臨床試験を考慮に入れたこと
の2点を挙げています。
 著者は、「鍼はプラセボに過ぎないという可能性が極めて高いことを明らかにした」と述べています。
 第3章「ホメオパシーの真実」では、「ホメオパシーはここ数十年でもっとも成長著しい代替医療の一つであり、特にヨーロッパでの成長ぶりがめざましい」とした上で、その期限は、18世紀末のドイツの医師、ザムエル・ハーネマンが、「ある病気に特有の症状を治療するための物質を健康な人が飲めば、その症状が出るようにみえた」ことから、「健康な人に特定の症状を引き起こす物質は、その症状を示す病人を治療するために利用できる」という「普遍法則を提起した」ことから始まったと述べています。
 そして、「ハーブ療法の薬剤には、ある程度の有効成分が必ず含まれているのに対し、ホメオパシーのレメディには、有効成分と言えるものは何も含まれていないと考えてよい」と述べたうえで、「これまでに難白拳という臨床試験が行われてきたが、どの病気に対しても、ホメオパシーを支持するような、有意の、ないし説得力のある科学的根拠はひとつも得られてない。逆に、ホメオパシー・レメディには全く効果がないことを示す科学的根拠なら多数ある」と述べています。
 著者は、「科学的根拠によれば、ホメオパシーの効き目はプラセボ効果に過ぎない。したがって、もしも単なる気休めではない薬を探しているのなら、ホメオパシー・レメディは避けることを強くお勧めしたい」と述べています。
 第4章「カイロプラクティックの真実」では、「間接の柔軟性には、3つのレベルがあるものとする」として、カイロプラクティックの「脊椎マニピュレーション」は、
(1)関節を動かそうとして動かせる程度
(2)外から力を加えたときに動かせる程度
(3)かなり強い力をかけて関節を素早く動かすが、間接やその周囲の組織を傷つける恐れがある
の「その第3のレベルまで関節を動かすことに相当する」と述べたうえで、創始者のダニエル・デーヴィッド・パーマーが生み出したカイロプラクティックのもっとも注目すべき特徴として、「脊椎のズレを元に戻してやること」で、「人間にかかる病気はすべて、脊椎マニピュレーションで直せると信じた」ことを挙げています。
 そして、「科学的根拠によれば、腰痛に直接関わる問題を別にすれば、カイトプラテクターの治療を受けるのは賢明ではないということになる」と述べたうえで、「カイロプラクターによって引き起こされる動脈破裂の危険性、及びそのような損傷によって引き起こされる悲惨な事態は、カイロプラクティック界に3つの重大な批判を突きつける」として、
(1)脊椎マニピュレーションに伴う危険性について、正確なところがほとんど把握されていないという驚くべき状況にあること
(2)患者に対し、治療に伴うリスクの可能性について予め知らせないことが多い
(3)脊椎マニピュレーションは筋骨格系の症状以外には効果がないにもかかわらず、カイロプラクターはいまだに筋骨格系以外の症状も治療し続けていること
の3点を挙げています。
 また、代替医療の危険性として、「ホメオパシーには思いがけない危険な副作用がありうる」、それは「医師の代わりにホメオパスが医療についてアドバイスを与えることによる、言わば間接的な副作用だ」と述べると共に、「代替医療セラピストの行動のうちでもっとも危険なのは、患者が通常医療の医師による治療を受けなければならないときに、自分の代替治療を受けるようアドバイスすること」だと述べています。
 第5章「ハーブ療法の真実」では、「ハーブ薬が人間を害する場合がある」として、
(1)ハーブ薬の直接的毒性
(2)他の薬との相互作用によって引き起こされる間接的反応
(3)汚染及び混ぜものの危険性
の3点を挙げた上で、「ハーブ薬の最大の危険性は、効果のある通常医療の薬をやめて、ハーブ薬に切り替えること」だと指摘しています。
 また、「多くの代替医療に効き目が無いことが示されても、思慮ある人達がなぜ信じてしまうのか」に土江、「人々は代替医療に心惹かれるきっかけは、多くの代替医療の基礎となっている3つの中心原理であることが多い」として、
(1)自然(ナチュラル)
(2)伝統的(トラディショナル)
(3)全体論的(ホーリスティック)
の3点を挙げ、「実はよくできたマーケティング戦略に過ぎない」と指摘しています。
 第6章「真実は重要か?」では、チャールズ皇太子が「ひさしく代替医療に関心を寄せている」ことについて、「本書はチャールズ皇太子の問いに答えるために書かれたと言ってもいい」として、「要するに、ここで見た4つの治療法は皆、今日の医療研究の水準に適うような科学的根拠に裏付けられてはいない」ことを指摘しています。
 そして、「効果が証明されていない、または反証された医療を広めた責任者」として、
(1)セレブリティ
(2)医療研究者
(3)大学
(4)代替医療の導師たち
(5)メディア
(6)メディア(ふたたび)
(7)医師
(8)代替医療の協会
(9)政府と規制担当当局
(10)世界保健機構(WHO)
を挙げたうえで、マスメディアが、「ショッキングな記事にしたいがために恐ろしげなレポートにする」ことに関して、2005年に発表された「謎の殺人化学物質」である「一酸化二水素(DiHydrogen MonOxide:DHMO)」の記事を紹介しています。
 また、「最大の問題のひとつは、患者が代替医療の世界に入っていこうとするとき、それを押しとどめてくれるものが事実上何もないこと」だとしt、絵ホメオパシー・レメディに対して、
「注意:この製品にはプラセボ効果しかありません。ホメオパシーを信じていて、症状が痛みや抑鬱などである人にのみ効果があります。その場合でも、通常医療の薬のような強い効果は得られないでしょう。通常医療の薬よりも副作用は起こりにくいですが、効果も少ないでしょう」
とする注意ラベルを貼る案を紹介しています。」
 著者は、「医療の中には、科学的でない別の種類のものがある」という考え方は、「私たちを暗黒時代へと後戻りさせる」として、「今こそトリックがはびこるのを食い止めて、本物の治療法を優先させるべきときではないだろうか。誠実さと進歩、そして良い医療の名において、われわれはあらゆる治療法に対し、科学的な水準を満たすこと、検証を行うこと、規制を設けることを要求する――害よりも益の方が大きい治療を受けているのだと、患者が納得できるように」と述べています。
 本書は、テレビ局や出版業界が手を触れたがらないタブーに誠実に切り込んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 テレビや新聞が大スポンサーであるパチンコやカルトの問題を取り上げることができないように、マスコミの一番のお得意様である代替医療の問題を取り上げることは勇気のいることだったと思います。
 それにしても代替医療と呼ばれる怪しげな健康法に登場する芸能人・有名人の卑しさといえばこれより下はないのではないでしょうか。昔、サラ金のCMに出る芸能人は落ちぶれたと言われたものですが、さも良いものであるかのように効果のない代替医療や健康法を喧伝する芸能人はさらに罪が重いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・代替医療を認めるべきと思う人(鳩山由紀夫とか?)

2009年12月 8日 (火)

安心のファシズム―支配されたがる人びと

■ 書籍情報

安心のファシズム―支配されたがる人びと   【安心のファシズム―支配されたがる人びと】(#1783)

  斎藤 貴男
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2004/07)

 本書は、「ファシズムは、そよ風とともにやってくる」と、「独裁者の強権政治だけでファシズムは成立しない。自由の法的と隷従を積極的に求める民衆の心性ゆえにそれは命脈をも絶つ」として、「より強大な権力と巨大テクノロジーと利便性に支配される安心を欲し、これ以上のファシズムを招けば、私たちはやがて、確実に裏切られよう」ことを警告しているものです。
 第1章「イラク人質事件と銃後の思想」では、2004年のイラク人質事件に関する「自己責任論争」について、「なんとも禍々しい春だった」として、「多様な価値観を許容する寛容さが急速に失われつつある今日の日本社会。『自己責任』という言葉が、そして、時代の気分にぴたりとはまった」と警鐘を鳴らしています。
 そして、「より立場の弱い人々に八つ当たりし、あるいは差別の牙を剥いて、内心の安定を図る」用になった傾向に、インターネット掲示板が拍車をかけたとして、女子供文化評論家の荷宮和子氏の言葉を引用して警告しています。
 第2章「自動改札機と携帯電話」では、高い場所から自動改札機を通行する乗客たちを見下ろしながら、「醤油や酒を飛び散らせないよう、瓶とか徳利に注ぎ入れるための漏斗と自動改札機とは、とてもよく似ている」と乗客たちを見下ろしています。
 そして、携帯電話について、「ケータイとは個人と国家やNTTと直接結ばれる、比喩でも制度上のイメージでもなく、電気通信の最新テクノロジーによって、文字通りの管理下に置かれるのだ」と警告し、「ケータイの機能が拡大するということは、人々の生活がシステムの稼動を同義になるということだ」と批判しています。
 第3章「自由からの逃走」では、エーリヒ・フロムの同タイトルからふんだんに引用しながら、『心のノート』について、
(1)人間の心の中に関わる教材については善悪二元論に単純化されすぎていること。
(2)どの学年用でも、「集団や社会、公共との関係」のつくりがきわめて誘導的であること。
の2点を挙げて警鐘を鳴らしています。
 また、ある音楽教師が、「君が代を弾く40秒間、私はロボットになったつもりでいる。そうでなければやっていられない」と語っていることを紹介した上で、教頭が、「職務なのだから、それでも40秒間はロボットになりなさい」と指示したことを、「ほとんどレイプと同じ発想で、教職員の人事が動かされるようになってきた」と警告の声を上げています。
 そして、源泉徴収について「個人として納税することの意味を深く考えることのない、考えさせてももらえない戦後のサラリーマン税制は、自立心や独立心を欠き、一方で協調性や長いものに巻かれろ式の服従には富んだ、大勢順応型の"会社人間"を大量に生み出してきた」として、日本の戦後企業社会を支えてきたサラリーマンを見下しています。
 著者は、「ナチス式の発想や人間観を受容したがるかのような空気が、再び蘇りつつある」として、『自由からの逃走』を引用しながら警告しています。
 第5章「社会ダーウィニズムと服従の論理」では、「新自由主義に貫かれた現代の帝國に"福祉"の2文字は存在しない。変わりに取られた国民統合のための方法論は、ハイテクノロジーという凶器を得て、むしろ剥きだしの暴力性を帯びた」とテクノロジーに対する警鐘を鳴らしています。
 また、「近頃の筆者は、空港の手荷物検査で撥ねつけられないときがない。家柄や組織の後ろ盾がないからか、戦後11年間もシベリアに抑留させられ、亡くなるまで公安警察の監視下に置かれていた父を持っているためか、筆者自身の文筆活動が好ましく思われていないせいなのか、まったくもって単なる偶然なのか、理由は何も分からない」として、いつも金属探知機のチャイムが鳴り、「靴を脱がされ、ベルトと眼鏡を外させられて初めて、探知機は沈黙してくれる」と、空港の金属探知機に仕組まれたファシズムの魔の手の可能性に言及しています。
 第6章「安心のファシズム」では、三多摩地区の反戦住民団体「立川自衛隊監視テント村」のメンバーが、住居侵入罪で逮捕されたことや、社会保険庁目黒社会保険事務所の係長が、国家公務員法が定める政治的行為の制限に違反して『赤旗』の号外を配布したことについて、「係長が号外を配布した日は、いずれも日曜や祭日の休日だった。休日の政治活動も犯罪とされるなら、公務員には思想信条の自由は全く認められないことになる」と国家公務員法に対する警鐘を鳴らしています。
 本書は、社会のさまざまな出来事からファシズムの匂いを嗅ぎ分ける著者の嗅覚の鋭敏さが際立った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で一番面白いところは、空港の金属探知機にファシズムの魔の手を感じるくだりです。ここまで、もしかすると著者は真面目にファシズムの脅威を訴えるつもりでいたのではないかと思っていたのですが、金属探知機の陰謀説を訴えるこのくだりを呼んで、鳥肌実の左翼版の芸風、つまり「左翼芸人」なのだと理解できました。ここの部分の「落ち」では、ベルトや眼鏡が引っかかっていたことが分かり読者を安心させるのですが、本気で金属探知機陰謀説を信じているとしたら心配になります。


■ どんな人にオススメ?

・日本の伝統的な「見立て」の極端な例を見てみたい人。

2009年11月14日 (土)

若者はなぜ怒らなくなったのか―団塊と団塊ジュニアの溝

■ 書籍情報

若者はなぜ怒らなくなったのか―団塊と団塊ジュニアの溝   【若者はなぜ怒らなくなったのか―団塊と団塊ジュニアの溝】(#)

  荷宮 和子
  価格: ¥777 (税込)
  中央公論新社(2003/07)

 本書は、若者の、「考えてもしょうがない」=「あきらめ」とも、「考えると怖い考えになってしまうから考えたくない」=「不安」とも異なる、「なんともおぼつかない『投げやりさ』」を、「団塊と団塊ジュニアの溝」に着目して読み解こうとしたものです。
 第1章「『決まっちゃったことはしょうがない』」では、映画『バトル・ロワイアル』について、「『決まっちゃったことはしょうがない』と考える子どもたちのお話」だと指摘し、「こう考える人間ほど、『「信用できない」と呼ばれる側』にとって御しやすい生き物はない」と述べています。
 また、「近頃の若いもん」は、「怒るべきときに怒ろうとしない」ことが、「私の世代をいらだたせる」として、「彼らの価値観が苦手である」と述べています。
 第2章「『決まっちゃったことはしょうがない』で納得する若者たち」では、「彼らは毎日をできるだけ快適に、幸せに過ごしたいと願っている。そんな彼らにとっては、『(たとえ怒るべき時であっても)怒らない』という生き方は、日々を幸せにすごすためには当然の処世術なのである」と述べています。
 また、「団塊ジュニアは脊髄反射をしている」として、ダウンタウンの松ちゃんが、「俺は二度と漫才をやらない、あんなに面白い漫才をやってたのに受けなかった、これは俺の復讐だ」と語っていたことを紹介しています。
 第3章「こんな若者に誰がした!?」では、「私よりも年上=団塊の世代」&「私よりも年下=団塊ジュニア」という「今の日本で多数派と呼べる人間たちの立居振舞いが、どうにもこうにも不愉快なために『むかつく』ことが多い」のが、「私の本音」だと述べています。
 第4章「『どうせ少数派!』な私たち」では、「基本的に『そうだ!そうだ!』体質である団塊の世代と比較して、『私たちの世代=くびれの世代』は、子どものころから、理屈っぽくっておたくくさかった」と覆う理由として、親の世代である戦中派のメンタリティが影響していると述べています。
 第5章「日本の未来」では、石原慎太郎が「フツーの人たち」から少なからぬ支持を集めている理由として、「人を見下すのは気持ちいい、ということを『フツーの人間』に思い出させてくれたから」だと指摘しています。
 終章「『怒るべきときに怒れる人間』になるための方法」では、著者の座右の銘として、よしもとよしともの『レッツゴー武芸帖』の台詞「おまえら、みんながうんこうまいって言ったらうんこ食うのかよー!?」を紹介すると共に、島本和彦の
「熱血漫画家十訓」
一、命がけで描け
一、限界を超えて描け
一、夢を見て描け
一、自信をもって描け
一、思い切って描け
一、喰うのを忘れて描け
一、よく寝てから描け
一、明日も描け
一、最後まで描け
一、失敗したら新しいのを描け
を紹介しています。
 本書は、段階と団塊ジュニアが嫌いな人にもお勧めしがたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 この人の肩書きは「文筆家」となっているのですが、まとまりがないというか、小中学生が原稿用紙を前にしてズラズラと書き出したようだというか、2ちゃんねるで長い文章を推敲もせずに書き込む人のような読みづらい文章で非常に読むのが疲れました。
 もしかしたら自分が「女子供」ではないから読みにくいだけで、若者には読みやすい高尚な文章なのかもしれませんが、個人的には非常に疲れたです。
 評価できる点は、『レッツゴー武芸帖』と『燃えよペン』を取り上げている点でしょうか。これはすばらしい作品です。


■ どんな人にオススメ?

・読解力があって我慢強い人。


2009年9月 7日 (月)

グラフで9割だまされる 情報リテラシーを鍛える84のプレゼン

■ 書籍情報

グラフで9割だまされる 情報リテラシーを鍛える84のプレゼン   【グラフで9割だまされる 情報リテラシーを鍛える84のプレゼン】(#1691)

  ニコラス ストレンジ (著), 酒井 泰介 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  ランダムハウス講談社(2008/8/21)

 本書は、「あからさまな嘘をつかずに、できるだけねらいどおりに相手を誤解させる図表づくりのテクニック」を伝授することを目的としたものです。
  第1章「チャートの魔力をあなどるなかれ」では、図式を利用しただまし方を、
(1)データの印象を歪める
(2)データ項目を歪める
(3)図表全体を歪める
の3タイプに大別したうえで、「特定の目的に最も適しただましのテクニック」を選ぶ上で、
(1)欺瞞の度合い
(2)バレやすさ
の2つの「えてして相反する配慮を念頭に置かなければならない」と述べています。
 第2章「図表が引き起こした大惨事」では、「図表やそれに類するものが情けないほど判断を誤らせた例」として、
(1)チャレンジャー号
(2)コロンビア号
(3)ソーホーのコレラ大流行
の3点について解説しています。
 第3章「値を歪める――データを手に入れる」では、「もし何かのデータを隠したければ、それを集団に入れてしまい、その平均の図表をつくってみよう」として、「たいていの人は、何かの平均値を見ると、その問題を考える上でもっとも適切な母集団の平均値を取っているはずと無邪気に思い込む」ことば「つけ込みどころだ」と述べています。
 そして、「自分の主張を強化するように、期間の設定や絶対単位か割合かなど都合のよりユニットを選べば、議論をほしいままに誘導できる」と述べています。
 第4章「値を歪める――図表化によるだまし」では、「円グラフや棒グラフは最もよく使われ、そして最も評判の悪いグラフ種別」だとして、「権威者の中にはすっかり禁止してしまえという人もいるし、使い方に変わった制限を課すよう主張する向きもある」と述べています。
 また、「チャートの構成要素そのものに手を加えて印象を変えるテクニック」として、
(1)グラフィック要素を立体化し、斜度をつけることによって、それが表す値の印象を変える。
(2)他の手段によって、棒グラフの棒の長さから視線をそらす。
(3)定量を表すグラフィック要素を付け加えたり、取り除いたりして、それら同士の違いを劇的にしたり、緩和したりする。
(4)近くにチャート・ジャンクと総称される吹き出しやロゴやらを配して、注意を逸らす。
の4点を挙げています。
 そして、対数目盛りの使用について、「実に数学的にもっともらしく見える巧妙なだましのテクニック」であり、「ニュートラルな図表よりもまっとうに見えるほどだ」と述べています。
 第5章「値を歪める――データ項目と時間」では、「円グラフには格好のつけ込みどころがある」として、「何が全体(100%)を構成しているのか」を見落とす人が多いことを挙げています。
 第7章「チャート全体を歪める」では、「棒グラフなどにどうでもいいイラストや写真、ロゴなどのチャート・ジャンクを配するのは、たいてい何の意味もない」としながらも、「真剣に人をだましたいときには、これがけっこうきくので、うまくやりたい」と述べています。
 本書は、ある意味でグラフ表現の「効果的な」使い方を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 泥棒に遭わないためには泥棒の手口を知るのが一番。ということで、グラフにだまされないためには、だましのテクニックを知るのが一番ということなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・数字は嘘をつかないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 デイヴィッド サルツブルグ (著), 竹内 惠行, 熊谷 悦生 『統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀』 2006年11月23日
 牧野 武文 『グラフはこう読む!悪魔の技法』
 上田 尚一 『統計グラフのウラ・オモテ』
 ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』


■ 百夜百マンガ

Ns'あおい【Ns'あおい 】

 テレビドラマ化されたことでリアル系の看護婦漫画として有名になりました。シンコソ頑張ってほしいものです。

2009年9月 4日 (金)

すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠

■ 書籍情報

すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠   【すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠】(#1688)

  ダミアン・トンプソン (著), 矢沢 聖子 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  日経BP社(2008/12/11)

 本書は、「反知識(カウンターナレッジ)」が、「お金儲けの手段として使われること、そして科学的知識の権威をおとしめること」を警告しているものです。
 第1章「知識と反知識」では、「がせねた」である「反知識」が、「見せかけの巧妙さのおかげで」で、世界中に氾濫していることを指摘した上で、ヨーロッパ啓蒙思想の最大の遺産である、「正確な観察のための科学的方法」が、「危機に瀕している」として、その原因の一つは、「皮肉にも科学が発達したおかげでウソの情報がいくらでも入手できるようになったこと」だと述べています。
 そして、1997年に、著名な解説者でもあるフェミニズム学者のエレイン・ショーウォーターが、「一見関係のなさそうな症候群の怒れる『犠牲者』による、科学的には疑わしい主張をひとくくりに論じて物議をかもした」として、この本が出版されると、あちこちの圧力団体が、「自分たちと一緒にされた団体を見て激怒した」と述べています。
 また、出版社、テレビ、新聞などに大きな収益をもたらすカウンターナレッジとして、「代替医療」を挙げ、「代替医療の提唱者も、ベストセラーを出した出版社やそれをシリーズ化するテレビ局関係者も、そうしたデマ情報を本気で信じているわけではないだろう」が、彼らが売り込む「(がんを予防する)奇跡の食べ物や、彼らがあおる健康不安は、その因果関係やリスクを誤解させ、結果として科学的知識の価値を下落させることになっている」ことを指摘しています。
 第2章「新しい創造論とイスラム圏」では、「創造論の中でももっとも進歩的で洗練」された「知的設計論(インテリジェント・デザイン・ID)」について解説した上で、「IDはカウンターナレッジの例として大きな意味を持っている。堂々と正しいふりをしているだけでなく、はじめの素朴な形から次第に発展してきたからだ」と述べています。
 そして、ブッシュ大統領が、IDを、「科学理論として公立学校で教えるべきだと、愚かにも提唱した」ことを紹介した上で、アメリカ人の約45%が「1万年ほど前に神が人間を現在の姿で創造したと信じている」ことを指摘しています。
 著者は、「創造論はどんな形であれ、計り知れない被害を及ぼす」として、「これほど多くの科学的な発見をむしばむ疑似科学はほかにはないだろう」、「科学的な方法そのものを拒絶してしまっているわけであり、そうすることで未来の世代に物質的な貧困だけでなく知的な貧困をも運命づけてしまっている」と述べています。
 第3章「『ダ・ヴィンチ・コード』と『1421』」では、「しばらく前から、推測を事実と主張するような考古学や歴史の本が広く人気を集めるようになった」として、『ダ・ヴィンチ・コード』が、「カウンターナレッジの潜在的な商業価値に関して、作家や出版社や映画制作者の考えを大きく変えるきっかけとなった」と述べています。
 そして、「近代の歴史家はナショナリズムや民族的、政治的、宗教的偏見によって、過去の研究を潤色しないように努力してきた」が、「最近の疑似歴史家たちは、こうした古い偏見をまた復活させている」ことを指摘しています。
 第4章「サプリ、デトックス、ホメオパシー」では、「21世紀に入ってから、いんちき医療はますます健康管理に大きな影響を及ぼしつつある」として、「数億ポンドの一大産業」が、「カウンターナレッジを売っている」と指摘し、大半のいんちき医療が「補完代替医療(CAM)」という表看板を掲げているのは、「隠れ蓑としては理想的と言えるだろう」と述べています。
 そして、「代替医療や伝統医療は、プラシーボには勝てない」が、「プラシーボ効果はと気として非常に強力なのだ」として、「非正当的な薬品やサプリメントやセラピーが、プラシーボと同様の効果をもたらすのは、それがプラシーボだからだ」と指摘しています。
 また、「栄養セラピストをいんちき療法士と決めつけるのは難しい」理由として、「彼らの言っていることは、おおむね無害だからだ」と述べ、「CAMの根本的な危険を理解するには、根本的な問題に立ち返らなければならない」として、「CAMの主張は明らかに偽りだということ」を挙げています。
 第6章「巨大デマ産業の登場」では、いまをときめくデマ産業として、
(1)『ザ・シークレット』:そのことを考えるだけで物質的な豊かさが手には入るレシピを伝授するというもの。
(2)ロンドンに本拠を置く栄養セラピスト、パトリック・ホルフォードの小帝国。
(3)ギャビン・メンジーズの疑似歴史書『1421--中国が新大陸を発見した年』
の3つの例を挙げています。
 第6章「デマと生きていくには」では、「カウンターナレッジを食い止めるには、どこから出てきたかを突き止める必要があるが、調べていくと、閉鎖的なカルト環境にたどりつくことが珍しくない」と述べています。
 そして、カウンターナレッジに対する予防措置として、「ここ数年のうちに、カウンターナレッジがブログのゲリラ攻撃に驚くほど弱いことがわかってきた」ことを挙げ、「信頼できるデータで武装した実証的な真実を養護する人たちは、社会の共有財産に入り込んだ怪しげな療法士や詐欺師に壊滅的な奇襲攻撃を加えてきた」と述べています。
 本書は、身の回りでも驚くほど多くの人が信じ込んでいるカウンターナレッジの根の深さを指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 宗教的理由だったり、マルチだったり、単に騙されているだけだったり、いろいろな理由でデマに真剣に善意ではまり込んで行ってしまう人がいます。プルタブを集めたりペットボトルのキャップを集めたりといろいろな活動をしている人がいますが、少なくとも、「集めたんだから何とかしてくれ」という善意の押し売りにはならないように「善意は計画的に」と思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・カウンターナレッジの蔓延に辟易している人。


■ 関連しそうな本

 伊勢田 哲治 『疑似科学と科学の哲学』 2006年02月12日
 ロバート・L. パーク (著), 栗木 さつき (翻訳) 『わたしたちはなぜ科学にだまされるのか―インチキ!ブードゥー・サイエンス』 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
 マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日
 パオロ・マッツァリーノ 『反社会学講座』 2006年03月11日
 村上 宣寛 『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』 2007年02月28日


■ 百夜百マンガ

ド忠犬ハジ公【ド忠犬ハジ公 】

 漫画雑誌の立ち上げに当たっては、大抵過去にヒットした大御所漫画家たちが居並ぶものです。ところが、最初のうちこそ昔のネームバリューで昔の読者が買っても旬を過ぎていてすぐに離れていってしまいます。ポイントはこの時にどれだけイキのいい新人を暴れさせることができるかではないでしょうか。

2009年9月 3日 (木)

地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す

■ 書籍情報

地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す   【地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す】(#1687)

  ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳)
  価格: ¥2100 (税込)
  ソフトバンククリエイティブ(2008/6/28)

 本書は、地球温暖化を巡る議論を、「子細に検討し、いまのCO2排出削減一辺倒の温暖化対策ではなく、本当に有効性のある対策を提唱する本」です。
 本書における著者のスタンスは、前著『環境危機をあおってはいけない』と同様、
・きちんと原データや原論文を参照する。
・解決策の有効性をきちんと考えて評価する。
という「ごくあたりまえのことで、これがいまさら何か新しい知見をもたらすとは思えない」ものだが、「実は温暖化防止について世の中に出回っている議論の相当部分は、かなり根拠レスなでたらめだということがわかる」としています。
 著者は、本書の題名には「二重の意味がある」として、
(1)長期的な地球温暖化に取り組むために、頭やリソースをいちばん効果的な方法に振り向けなくてはならない。
(2)現在の議論の状態について、物言いを冷静にして、前進する最前の方法について抑えの効いた議論ができるようにすべきだ。
の2点を挙げています。
 そして、本書の論旨として、
(1)地球温暖化は本当だし人為的なものだ。それは今世紀末にかけて、人類や環境に深刻な影響を与える。しかし、マスコミがしょっちゅう描くような、大災厄や文明の終焉じみた特徴は一つもでてこない。地球温暖化のすさまじい、邪悪で、即時的な影響についての発言は、しばしば極端に誇張されているので、良い政策をもたらすとは考えにくい。
(2)地球温暖化についてはもっと賢い解決策がいる。地球温暖化に対処しようとすると、気候系の変化がとてもゆっくりしているということと、大幅な排出削減はかなりお金がかかるという二重の問題に直面する。だから手早く高価な解決策を考えるのはやめて、低コストで長期的な研究開発に専念すべきだ。
(3)地球温暖化よりずっと重要な課題はたくさんある。気候変動にばかり注目するのは間違っている。世界には他にもっと緊急性の高い問題があるし、そっちならかなりの成果もあげられる。
などの点を挙げています。
 第1章「ホッキョクグマは警告のカナリアか?」では、ホッキョクグマのお話のポイントとして、
(1)やたらに誇張された感情的な主張は耳にするけれど、実はちっともデータの裏付けがない、
(2)環境を気にするなら、ホッキョクグマだけが心配の種じゃないはずだ。気候変動で恩恵を受ける生物も多いことは知るべきだ。
(3)心配の向かう先が間違っている。おそらく本当に重要な目的は、人間や環境の質を改善することじゃないだろうか。
の3点を挙げています。
 そして、地球温暖化を抑える上でも、「排出削減は人類や環境にとっていちばん役立たずな方法の一つらしいことはほぼ確実になるだろう」として期しています。
 第2章「熱を帯びて:手短に説明すると」では、「京都議定書の実行は、それがもたらす便益に比べて高くつきすぎる」として、減らすCO21トンあたり最大23ドルという「かなり大量のリソース」をかけて、「得られる便益はかなり小さい(およそ2ドル)」ことを指摘し、「その23ドルがあれば、世界の他のところでもっと役に立つことができたのでは」と述べています。
 また、全世界を見ると、暑さによる死者と寒さによる死者とを見ると、「実は世界全部で見ると、2050年に気候変動が直接与える影響は、死者がかえって減る」と述べています。
 そして、「いまの議論がはっきり疑問の余地なく示すもの」として、
(1)メディアや環境保護論者たちが形成した地球温暖化に関する理解は、かなり歪んでいる。
(2)地球温暖化について語るとき、みんなパラメーターのたった一つでしかないCO2削減にばかり血道を上げているようだ。
(3)人が対応すべき課題は地球温暖化だけじゃない。
の3点を挙げたうえで、通称「コペンハーゲンコンセンサス」と呼ばれる、「ノーベル経済学賞受賞者4名を含む、最高の経済学者によるパネル」が作成した、追加リソースをつかうための世界的優先順位一覧では、「とてもよい政策」として、伝染病、栄養失調、補助金と貿易、伝染病を挙げる一方で、「だめな政策」として、移民、気候(京都議定書や炭素税など)を挙げていることを紹介しています。
 第3章「地球温暖化:主な心配事」では、「今のCO2排出と温度が、『通常』の範囲を遙かに超えつつあるという指摘」について、「ある意味では正しいけれど、別の意味では絶対に正しくない」ことを指摘し、アル・ゴアが有名にした過去65万年の温度とCO2のグラフは、「まず温度が上がって、それに続いてCO2が上がる」ことを示しているとして、「このグラフはCO2の重要性を示すにはかなりまずい代物だ」と述べています。
 また、「今後100年で6.5メートルというハンセン/ゴアの主張は、2100年までに毎年海が12センチ上昇するという予想になる、と気がつくとなかなか考えさせられる」として、これが、「圧倒的に高いモデル推計よりも40倍も大きく、平均からは驚異の174倍」だと指摘しています。
 そして、地球温暖化によって、ハリケーンが強力で危険なものになるとする主張について、被害を10%未満しか減らせないような「気候つまみ」と、50%近く減らせる「社会政策つまみ」であれば、「気候政策よりも社会要因に注目した方針の方が、もっと大きな効果を発揮できそうだ」と指摘しています。
 さらに、「地球温暖化の費用が総世界経済との比較でどのくらいか」について、「将来消費総額に対する各種の政策を適用する総費用の割合」を見ると、「地球温暖化の総コストは総消費の0.5%」だとして、「この将来の総消費は、地球温暖化は世界で一番重要な問題にはほど遠いということを裏付けるものでもある。重要なのは発展途上国を豊かにして、先進国の市民たちに今よりもっと幅広い機会を与えることだ」としています。
 第4章「地球温暖化をとりまく政治」では、「要するに、今後40年で、ぼくたちは何を実現したいんだろうか?」について、「国連のもっとも楽観的なシナリオどおり、大規模な炭素排出を削減できたら、今世紀いっぱいで34センチだった海面上昇は22センチに減る。でもそれにより人類は2100年時点で手にするはずの豊かさが減ってしまうので、個人の平均的な富は30%も低くなる」として、l「本当にそんなのを僕たちの使命にしたいだろうか?」と述べ、「水不足について言えば、地球温暖化は実は水をもっと豊富にしてくれる」ことなどを挙げ、「むしろぼくたちは、今世紀半ば頃に向けてエネルギー源を改善するための、賢くて安上がりで魅力的な戦略に専念する必要がある」と述べています。
 そして、本当に問題なのは、「京都議定書があり得ないほどの目標をあげつつ、環境的には何の意味も持たない、ということだ」として、「高いのに役立たずで政治的にも不安定なCO2削減ばかりに目を向けた京都プロセスは放棄すべきだ」と主張しています。
 また、「多くの政治家たちにとって、地球温暖化は予算分配政策のつまらないいがみあいから抜けだし、自分を地球全体の生存というきわめて壮大な課題に取り組む国士として演出するための手段として採用されている」と指摘しています。
 著者は、「二つのことに正直になるべきだ」として、
(1)気候変動が文明崩壊につながる地球の危機なんかじゃないということ。それは確かに問題ではあるけれど、今世紀中に対処すべき数多くの問題のたった一つでしかない。
(2)この問題には短期的な解決策はないということ。
の2点を挙げています。
 結び「最優先事項をやるのがクールだ!」では、「論争があまりにCO2削減にこだわりすぎているために、たぶんぼくたちが本来目的としていたはずのもの」である「生活と環境の質を向上させること」が無視されていると指摘していまする
 そして、来る世代のために、「ファッショナブルだけれどあまり成果のないことをやったんじゃなくて、簡単で実証されたクールな戦略を通じ、世界を大幅かつ完全によい方へと変えたんだよ」、 「何か気分だけよくなれるようなことをしたいんじゃなくて、本当にいい成果をあげることをしたんだ」といえるようになりたいと述べています。
 本書は、加熱する炭素削減論議に冷や水をかける(かけられた方はさらに真っ赤に加熱する可能性はあるが)一冊です。


■ 個人的な視点から

 某新政権も二酸化炭素の削減には大変意欲的なようなのですが、本書で著者が指摘しているような「国士的な演出」のように見えてしまうのではないかと危惧してしまいます。本書の主張をそのまま受け入れるべきだとも思いませんが、少なくとも本書のスタンスは参考にはならないのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・白熊のぬいぐるみがテレビに登場すると可愛そうだと思ってしまう人。


■ 関連しそうな本

 ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日
 A・K・デュードニー (著), 田中 利幸 『眠れぬ夜のグーゴル』 2005年12月25日
 ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』 
 パオロ・マッツァリーノ 『反社会学講座』 2006年03月11日
 ビル・マッキベン (著), 大槻敦子 (翻訳) 『ディープエコノミー 生命を育む経済へ』 2009年1月21日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日


■ 百夜百マンガ

ちょんまげどん【ちょんまげどん 】

 20世紀末の作品ですが、やっぱり「ハルマゲドン」にかけているのでしょう。昔、小岩で見かけた「うまかろう安かろう亭」にはコスモクリーナーもありましたが、春巻きが乗った「ハルマゲ丼」がありました。

2008年11月27日 (木)

ウソの歴史博物館

■ 書籍情報

ウソの歴史博物館   【ウソの歴史博物館】(#1407)

  アレックス バーザ (著), 小林 浩子 (翻訳)
  価格: ¥690 (税込)
  文藝春秋(2006/07)

 本書は、著者が研究の一助として立ち上げたウェブサイト「Museum of Hoaxes」の記事をベースにした、「世界に溢れるウソやインチキ」を収集したものです。
 第1章「中世とキリスト教の展示室」では、中世社会では、「"実在するもの"と"実在しないもの"とのちがい」はあいまいだったとした上で、「中世の人々のものの見方を形作った」出来事として、
(1)4世紀のローマ帝国の分裂:ヨーロッパ名中央集権的な制度を書いた内向型の貧困社会となり、秘密主義や閉鎖主義が中世の知識の土台になった。
(2)5世紀に聖アウグスティヌスが発表した『神の国』という書物:中世の人々は天上の国の真理を求めるあまり、地上の国の真理が歪められようが誤伝されようが気に留めなくなった。
の2点を挙げています。
 そして、「偽造の数の多さでは、中世の修道士と聖職者にはかなわない」として、彼らが、「何百年にもわたって公文書に近づく権利を支配してきたので、その気になれば文書の改竄も偽造も意のままにできる立場にいた」と述べています。
 また、「長年にわたって侃侃諤諤の論議を呼んでいる異物」として、「トリノの聖骸布」を挙げ、「長さ14フィートの布に裸の男の像が写っているもの」が、「磔刑にされたキリストの亡骸をくるんだ布」だと主張されたが、1980年代後半の炭素年代測定の結果、「聖骸布は14世紀ごろのものと判明した」にもかかわらず、「激しい論争はつづき、結論は当分出そうにない」と述べています。
 第2章「贋作と啓蒙主義の展示室」では、「ペテンを格調高い芸術にまで高めた時代があるとするなら、それは18世紀だと言える」として、「啓蒙主義の芸術家や思想家のおかげで、ペテンは単に他人をだましたり、かついだりするための道具ではなくなった。人々を教育し、啓発して、市民生活そのものを改善するための手だてとなった」と述べた上で、「教育が普及し、情報を共有する手立てが拡大したおかげで、皮肉にも贋作者やいかさま師が手腕を発揮する機会が増えた」と述べています。
 そして、「18世紀は文芸の贋作が盛んにおこなわれた時代として有名だ」として、その背景として、
(1)印刷文化が口承文化を凌駕した時代で、識字率が劇的に上がったこと。
(2)中世以前の文物や歴史に世間の関心がいやがうえにも高まった時代だったこと。
の2点を挙げています。
 また、18世紀に「エイプリル・フールの日」がヨーロッパやアメリカにますます広まったとして、「この日は、民衆が互いにたわいもないいたずらをしあって楽しむだけの祭日だったようだ」と述べ、「悪ふざけは4月1日の午前0時になればはじめていいが正午には終わりにしなければならない」というルールがあり、「このルールを破ると、いたずらをしかけた者自身が四月ばかになる」と述べています。
 第3章「大衆新聞と見世物の展示室」では、「近代のはじまりとともに、ペテンも新たに2種類の意義を持つようになる」として、
(1)1830年代に登場した"ペニーペーパー"と呼ばれる大衆紙が好んでつかう言葉の武器となった。
(2)19世紀の企業家や興行師たちもペテンを活用して、都市化した世界では顧客第一であるという価値観を宣伝した。
の2つを挙げています。
 また、1830年代のペニーペーパーの登場によって、「地元の犯罪、警察の報告、上流社会のゴシップ、人の好奇心をそそるネタなどなど」のローカルニュースの需要が発掘され、「大新聞のほとんどが地方記事専門の記者」である「ローカル」と呼ばれる記者を置くようになったとして、「大した事件がない日にも、とにかく購読者を楽しませなければならない」ローカルたちには、「ユーモア作家の才能が要求された」として、「ローカルたちはユーモアや、諷刺や、ホラや、デマを盛り込んで、活気のない記事に興趣を添えた」と述べ、中でも達人振りを発揮した、「西部の新聞社で働く3人のローカル」として、
・サミュエル・クレメンズ(別名マーク・トゥエイン)
・チャールズ・ブラウン(別名アーティマス・ウォード)
・ウイリアム・ライト(別名ダン・デ・クィル)
の3人の名を挙げています。
 第4章「珍獣と偽造写真の展示室」では、「ホラ話にはあらゆる種類のびっくりするような生き物が再三登場する」として、「こういった生き物の多くは、登場した正確な時期は不明だが、いずれも民族文化が印刷の普及によって主流となった19世紀にひろく知れ渡った」と述べた上で、「人間の声をまねる不思議な能力」をもった「枝角のあるウサギ」である「ジャッカロウプ」という生き物を紹介しています。
 また、「19世紀の終わりには愉快なホラ話が量産されたが、悪名高い不埒な偽書も一冊作られ、長い間に計り知れない害をもたらした」として、「シオン主義指導者の演説をまとめたもので、世界の金融界を支配し、キリスト教会の権威を覆して、世界制覇を達成するというユダヤの極秘計画のあらましを述べたもの」だという触れ込みの『シオンの博識な長老の議定書』を紹介しています。
 第5章「ラジオと近代芸術の展示室」では、「この時代を代表するペテンは、大衆文化の影響を折り合いをつけようとする試みに関連のあるものが多い」として、
(1)メディアを利用して大衆を操作するウソやプロパガンダを広める不気味さ。
(2)メディアの新しい力を称え、自分たちの目的に積極的に活用しようという考え方が出現した。
(3)大量消費主義や前衛芸術の侵害からエリート文化を守るためにペテンを利用する動き。
の3点を挙げています。
 そして、英国ヨークシャー州コティングリーに住む二人の少女が近くの庭園で撮った妖精の写真が、シャーロック・ホームズ・シリーズの著者コナン・ドイルによって、「超自然の妖精が存在する決定的な証拠写真」だとして国中の注目を集めたことについて、「その5枚は今も史上屈指のインチキ写真の座にとどまりつづけている」と述べています。
 また、1930年代の終わりにラジオ受信機がアメリカのほぼ8割の家庭に普及すると、「ほとんどの者が、ラジオは本質的に信頼できる」とみなすようになったとして、1926年の1月16日にBBCラジオで放送されたロンドン暴動や、1938年10月30日にCBSラジオで放送されたオーソン・ウェルズによる『宇宙戦争』を紹介しています。
 第6章「TVとカウンターカルチャーの展示室」では、第二次大戦後、「妄想めいたものが人びとの会話に紛れ込み、陰謀説や、政府の秘密計画や、宇宙からの訪問者の噂がささやかれだした。その結果、権力者(政府や企業)は民衆をだましているとか、民衆を統御するために膨大なデマを流しているという説が執拗に唱えられた」と述べ、「大衆の妄想に応えるかのごとく、50年代に後半に新しいタイプの文化的ヒーロー」である「トリックスター」が現れたと述べています。
 そして、1957年に、映画館で、「コカ・コーラを飲もう」と「おなかがすいた? ポップコーンを食べよう」という2種類のサブリミナル広告を見せた結果、ポップコーンと飲み物の売り上げが伸びたとされた実験について、データがでっち上げであったことを紹介しています。
 第7章「宇宙人とメディア不信の展示室」では、1970年代終わり以降の10年間に行われた有名なでっちあげが、「不安で不透明な時代のムードを反映していた」と述べています。
 そして、この時期のエイプリル・フールの事例として、1979年にロンドンのラジオ局が発表した、「イギリスではサマータイム期間中に毎日時計を進めることになっている」結果、「世界のほかの国より48時間も進んでしまったらしい」として、「世界の暦と合わせるために、その年の4月5日と12日をカレンダーから削除する」というウソを紹介しています。
 第8章「インターネットと消費社会の展示室」では、「インターネットの分散的かつ脈絡のない特質は、ペテン師たちにとって何より好都合だった」として、「90年代は先端技術の導入から生じる楽観主義とともにはじまったが、インターネットの奔放な環境を信頼しきることによる問題が明白になるにつれ、楽観ムードはかなり翳りを見せ始める」と述べています。
 そして、1993年2月にヨハネスブルク郊外のライ麦畑に出現したBMWのロゴの形のミステリーサークル、女装してゲイであることをカミングアウトしたバービー人形のケン、音楽的才能が一切なかったにもかかわらずポップデュオに仕立てられた「ミリ・ヴァニリ」などを紹介しています。
 また、この時期のエイプリル・フールの傑作として、1998年にバーガーキングが全面広告を打って発表した「3千2百万人の左利きアメリカ人のための特製メニュー"左利き用ウォッパー"」について、「材料は従来のウォッパーと同じ」だが、「これらの材料の配置を180度回転」させたことによって、「重量が再調整され、調味料の大部分が左側に偏り」、「レタスなどのトッピングがバーガーの右側からこぼれる率が少なくなる」とされていたことを紹介しています。
 第9章「9・11とウェブサイトの展示室」では、「過去20年に起きた情報の爆発がなおも拡大を続けるなか、ふたつの影響が鮮明になってきた」として、
(1)情報量が増えることによって、皮肉にも内容の真偽を見分ける労力も増すことになった。
(2)通信技術と情報技術の発達によって、大衆が拡大したばかりでなく、情報伝達がグローバル化し、大陸間のやりとりがこれまでになく迅速にできるようになり、嘘やデマが何のチェックもされずに国外へ流出するようになった。
の2点を挙げています。
 そして、2001年に、ある日突然、インターネットの有名人になってしまった「色男(ゴージャス・ガイ)」、ダン・バカについて、インターネットの"尋ね人"サイトに、「知らないうちに彼の写真が投稿されていた」結果、「バス停にゴージャスに立っているだけで、全国的な有名人になってしまった」とされたが、「写真が注目を浴びる原因となった初期のメッセージの大部分は、バカ自身が書いたもの」で、「さまざまな人物になりすまして投稿することで、おおぜいが自分の噂をしているかのように見せかけた」というインチキであったことが明らかになったと述べています。
 また、9月11日の直後にeメールで広まった、「厚着をした観光客が世界貿易センターの展望台に立つ写真で、人物の後ろにはハイジャックされたうちの一機と思しき飛行機が迫っている」写真(本書の表紙の写真)を紹介しています。
 本書は、さまざまな嘘が氾濫する現代において、嘘は嘘であると見抜けることが必要であることを突きつけてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「ゴージャス・ガイ」ダン・バカの話は、筒井康隆の「おれに関する噂」みたいで面白いです。もしかしたらアメリカの筒井ファンなのかも知れません。


■ どんな人にオススメ?

・自分はだまされないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 フランク アバネイル, スタン レディング (著), 佐々田 雅子 (翻訳) 『世界をだました男』 2006年03月19日
 ゴードン・スタイン/編著 井川ちとせ/〔ほか〕共訳 『だましの文化史 作り話の動機と真実』 2006年03月18日
 デービット・カラハン (著), 小林 由香利 (翻訳) 『「うそつき病」がはびこるアメリカ』
 フランク・W・アバグネイル (著), 高橋 則明 (翻訳) 『華麗なる騙しのテクニック 世界No.1の詐欺師が教える』 2006年08月19日
 奥菜 秀次 『捏造の世界史』
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■ 百夜百マンガ

妖精事件【妖精事件 】

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2007年10月13日 (土)

アトピービジネス

■ 書籍情報

アトピービジネス   【アトピービジネス】(#996)

  竹原 和彦
  価格: ¥693 (税込)
  文藝春秋(2000/06)

 本書は、「ごくはりふれた慢性疾患の一種にすぎない皮膚炎」が、「民間療法に名を借りたビジネスと一部マスコミの誤った報道」によって、「いつの間にか世間では『難病』のように認識されている」現象を論じているものです。
 「序にかえて つくられた難病」では、アトピー性皮膚炎が難病とされてしまった理由として、「なにより、雨後の竹の子のように誕生する民間療法に名を借りた『アトピービジネス』にとって、アトピー性皮膚炎=難病という前提が企業戦略上不可欠だったから」ということが問題の本質であると指摘し、「患者がアトピー性皮膚炎は難病と思い込むことによって、アトピービジネスは成立する」と述べています。
 第1章「アトピー性皮膚炎とは何か」では、著者が患者に、「アトピー性皮膚炎の人は生まれつき皮膚のバリヤーに異常があって、皮膚が刺激を受けやすく、非常にデリケートな状態になっています。そこに色々な刺激が加わると簡単に湿疹が起こり、自然には治りにくいのです。その刺激にはアレルギー的なものも含まれていますが、アレルギーではないさまざまな刺激でも湿疹は起こるのです。この病気を治療するには、アレルギーだけが原因だという考え方では病気の本質を見失ってしまう可能性があります」と説明していると述べています。
 第2章「ステロイド悪魔化」では、1990年代初頭に、アトピー性皮膚炎を取り上げる報道が爆発的に増加する中で、増加している成人型アトピー性皮膚炎患者が、「患者自身が十分に炎症がコントロールされない状態に対して諦めの気持を持つようになり、ステロイド治療による副作用への不安とあいまって、ますます治療意欲が低下している点」が特徴であると述べ、そうした患者の多くが、「魔法のように短期間に完治させてくれる『青い鳥』を捜し求めて」アトピービジネスに走っていることを指摘しています。そして、そうした報道の極めつけとして、1992年7月に「ニュースステーション」で一週間放送したステロイド叩きの特集の最後に、キャスターの久米宏氏が「これでステロイド外溶剤は最後の最後、ギリギリになるまで使ってはいけない薬だということがよくお分かりになったと思います」と発現したことを取り上げています。
 そして、この時代に、週刊誌を中心に「奇跡の○○療法」「アトピーがみるみる治る××治療」といった報道が繰り返されたことを紹介し、今日のアトピービジネス大手が、1980年代後半に創設され、1990年代前半にメディアを活用して規模を拡大した企業が多く、「メディアがアトピービジネスの格好の宣伝機関となっていた」ことを指摘しています。
 さらに、1990年代半ばに入ると、ステロイド薬害論が、「ステロイド外用薬を使用したためにアトピー性皮膚炎そのものが難治化、重症化する」という方向に変化したことを挙げ、1999年6月7日の読売新聞では、「ステロイドに95%が抵抗感――"副作用感じた""一時しのぎ"患者団体が全国アンケート」という反ステロイド団体による調査結果を紹介する記事を掲載したことについて、「いわば『赤旗』の購読者に支持政党のアンケートをとったら、日本共産党が一位であったことをニュースとして報道したようなもの」であると指摘しています。
 著者は、「ステロイド外用薬を使用したためにアトピー性皮膚炎の炎症そのものが悪化するなどという理論がまかり通るのはわが国特有の現象である」と指摘し、「アトピー性皮膚炎における『悪魔の薬・ステロイド』のストーリーは、アトピービジネスによって作られたもの、と断じて差支えない」と述べています。
 第3章「アトピービジネス全批判」では、アトピービジネスを、「アトピー性皮膚炎患者を対象とし、医療保険診療外の行為によってアトピー性皮膚炎の治療に関与し、営利を追及する経済活動」と定義しています。
 そして、アトピー性皮膚炎がビジネスの格好のターゲットとなった理由として、
(1)今もって病因が明確にされていないこと。
(2)厳密な意味でスタンダードな治療法が確立していないこと。
(3)患者数が多いということ。
(4)マスコミの"支援"。
(5)直接命に関わる疾患ではなく、トラブル発生時のビジネスリスクが低いこと。さらに、自然治癒傾向が高く、症状の消長があること。
(6)皮膚科医によって提唱された脱ステロイド療法がアトピービジネスに格好の口実を与えていること。
の5点を挙げています。
 また、アトピービジネスを、医療機関との関係において、
(1)既存の医療との共存を基本戦略とするアトピービジネス
(2)既存の医療を100%否定することを基本戦略とするアトピービジネス
(3)医療機関における非保険診療として実践されている治療そのものがアトピービジネス
(4)医療機関を経営するアトピービジネス
(5)皮膚科あるいは他科の医師が実践してマスコミに登場してブームになったが、その背景にアトピービジネス企業の関与が大きいもの
の5つに分類し、ジャンル別には、
・健康食品
・化粧品および石鹸など
・温泉療法
・入浴剤
・水治療
・防ダニグッズ
・エステ
・医療機関による特殊療法
などを挙げています。
 これらアトピービジネスが書店や全国紙の広告欄で跳梁跋扈できる理由については、正式な認可なく「アトピーに効く○○」という形で効果を謳うことは、薬事法違反に問われるが、「アトピー性皮膚炎が治る驚異の○○療法! ××博士の新理論」といったタイトルの本を広告することは法律に触れず、「効くということを本の中で主張したり、利いたという人の体験談を紹介したり、その本を広告することは合法」である現状を述べています。
 第4章「皮膚科医の『脱ステロイド療法』を検証する」では、「脱ステロイド療法」というネーミングに誤解を招く部分がある、として、「ステロイドを使わないことそれ自体に治療効果があるような印象を与えている点が問題」であることを指摘するとともに、「脱ステロイド療法」と称する中に、「ステロイド内服例や筋注例が含まれていること自体、既に矛盾は明らかであろう」と指摘しています。
 第5章「アトピービジネス被害調査の報告」では、1998年から1年間実施したアトピービジネスの被害調査の結果として、「1年間の全調査期間において入院または入院が必要と判断された349例中、教育入院30例をのぞく319例において140例、なんと44%が不適切治療による悪化例と判断された」こと、さらに悪化例のうち29%を占める40例においては、「休学、退学、離職、休職など、社会生活からのドロップアウトを余儀なくされていること」が明らかになったとしています。
 本書は、アトピービジネスに限らず、霊感商法など、怪しげな詐欺商法全般に通じるエッセンスを読み取ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の第3章「アトピービジネス全批判」には、アトピービジネスの代表例を伏字で紹介しているのですが、図書館で借りてきた本にわざわざ伏字を解説したメモが挿んでありました。
・O社の温泉療法
・C化粧品
・SOD治療のN医師
・Fクリニックのソフトレーザー治療
・B水
・T豆
・アトピービジネス・タレントM・K
などの答が書かれてあり、その真偽は分かりませんが、ネットで調べればすぐに分かりそうです。


■ どんな人にオススメ?

・自分はアトピーには関係ないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 マイケル・W. フリードランダー (著), 田中 嘉津夫 (翻訳), 久保田 裕 (翻訳) 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
 マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日
 マーティン ガードナー (著), 市場 泰男 (翻訳) 『奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究』
 マーティン ガードナー (著), 市場 泰男 (翻訳) 『奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか』
 伊勢田 哲治 『疑似科学と科学の哲学』 2006年02月12日
  『』


■ 百夜百音

演歌名曲コレクション(2)~きよしのズンドコ節~【演歌名曲コレクション(2)~きよしのズンドコ節~】 氷川きよし オリジナル盤発売: 2002
 ピストン西沢がGROOVE LINEの中でミックスに使ってました。日本の演歌もダンスミックスに使いやすいかも、と思ってしまいます。

『大井追っかけ音次郎~青春編~』大井追っかけ音次郎~青春編~

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